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ふるさとには帰らない


#ふるさとを語ろう  というのがテーマ。
このお題はnoteで募集中の欄から見つけてきたもので、結構ふるさとという価値観に対してプラスの表現が多い作品が多いように感じた。

ただ、志賀の文章はそうはいかない。
何を隠そう、志賀は地元嫌いなのだ。
ふるさと嫌いなのだ。

ふるさとを語ろうというテーマで、良く語る人が多いのは結構なこと。
しかしながら、すべての人が等しくふるさとを愛しているなんて、それは幻想もいいところだ。そんな風に美しく生きられる場所ばかりでは正直ない。


以前、大学の同期と雑談をしていた時、家や出身のお話になった。
その時、志賀が言った一言でその場が少し冷え込んだことがある。

「僕は僕自身が作り上げた。どこで、誰から生まれたかみたいなルーツは関係ない。血の繋がりやその地で生きてきた歴史もあるけれど、それは僕が僕であるための一部ではない」

言いたい事がある方はきっとたくさんおられよう。
我ながら冷たいなあと思う。
でも、体感はこんな感じだ。

そんな、こんな風にふるさとに対して大変シビアな僕がふるさとについて今回は綴って行く。


志賀のふるさとは東北のうちの一県だ。
あえて明確にはしない。したくないのだ。
出身地を言って、その場所について言及して、褒められて、そういう会話をするのが嫌だから。何が楽しくて、自分の捨ててきた大嫌いな土地の話を聞かなきゃいけない。あまつさえ、褒めて、おすすめしなくちゃいけない。いいと思ったこともないのに。

さて、志賀のふるさとはこんなところだ。
盆地の地域なので、夏は蒸し暑い。
冬はそこそこ雪が降る。そんな場所。
程よい田舎。地方都市くらい発展していればいいけど、それすらもない。車がないといろいろ大変。子どもの身ならなおさらだ。
隣近所皆家族とまではいかないようなあり方で、だけど隣近所皆なんとなく知り合いだから、変な噂や憶測なんかは簡単に回る。
価値観の古い、そんな場所。

志賀の好きな季節は秋。
なぜかと言えば長期休みがないから。
しいていうなら、春と秋。
春には親戚が集まらないから。

夏はお盆、冬には大晦日とお正月がある。だから、嫌い。
田舎ならではなのだろうか。彼氏彼女や友人よりも家族優先のお休みの日程。
親戚が集まって、大してよくも知らない癖に、親し気な面して、今の現状に対する批評を述べ、将来について勝手に推測し、期待し、持ち上げ、勝手に落とす。兄弟がいればなおさらだ。最悪の場合、最も身近な他者と比較されたあげく、励ましにもならない応援をもらう。
お酒を飲んで酔っ払った、年の甲で何でも言っていいと思っている田舎の中年の大人共程、ろくでもない人間はいないと志賀は心の底から本気で信じている。
「大学はどこに行くの?」「結婚は?」「彼氏は?」
そんなデリカシーの欠片もないことを楽し気に簡単に聞いてくれるあたりに虫唾が走る。五月蠅いんだよ。
人の人生を酒のつまみにしてんじゃねえ。

夏前の時期になれば、果物のおすそ分けをもらう。
これを書くと地元がほとんど分かってしまうけれど、さくらんぼのおすそわけだ。
さくらんぼが嫌いな志賀にとっては最悪の時期だった。
さくらんぼは腐るのが早い。だから、その前に食べきらなくてはいけない。
でも、さくらんぼはたくさん食べるとおなかがゆるくなりやすくて、嫌だった。嫌いだった。
さくらんぼなんてちっとも美味しくない。種も邪魔だ。
僕はそんな不快感を抱いていたことを一生忘れない。

まだ志賀が中学生だった時、志賀の恋愛事情が当然のように家族に知られている体験をした。狭い田舎特有の、たわいもない噂からだった。なんて醜い、最低な嫌がらせだろう。
ふざけるなという思いと同時に、一気に冷めた思いがした。
絶望した。
こんな狭い世界にこれ以上いてなるものかと思った。

狭い狭い世界。
皆と同じ、規則通り、何の躊躇いも許さない制服。
必要以上の憐みと同情。
「優しくしなさい」なんてくだらない。
皆と仲良くする事が当然で、いじめなんてないけれど、悪口だけは陰でこそこそ言われてる。表面が綺麗なだけで、裏側なんてゴミ溜めだ。

代わり映えしない通学路。
いっそ本物の田舎であったら。
自然の中に、森の中に逃げられたかもしれない。
それすらもない、コンクリートとおまけ程度の自然。
何の価値もない、平坦な世界。


志賀は現在都会暮らし。
大学生になって上京してきた人間だ。

いつから上京しようと思っていた?と聞かれたら、確実に答えが出る。
小学生の時だ。小学校高学年にはもう大学は都会にすると決めていたし、自分の中で確信があった。
当時知っている大学はほとんどなかったけれど、自分の親が出た地方の大学には絶対入ってなるものかと決めていた。こんなところで一生暮らしてやるものかという思いを抱いていた。

結果的に志賀は高校で家を出ることになるのだけれど、それはまた別の話だ。でも、高校で出て正解だったと思う。

独り暮らしは多々しんどいこともある。
寂しくはないかと聞かれることもある。
でも、正直なことを言ってしまうと、あの、狭い狭い地元の空間にいるよりも200倍、いや700倍以上にはマシに決まっている。

志賀は今の自分が好きだ。
高校を起点として、やっと自分を愛せるようになってきた。
今の志賀暁子という人間は、あの場所で、ふるさとで作られたものじゃない。

意識を持って、必死に自分の居場所を懸命に探した志賀自身の力で作られたものだ。志賀は必死に努力した。自分らしく生きるために頑張った。今も頑張ってる。生きてるだけで偉いし、滅茶苦茶必死に生きている。
褒められていい。誰かとかじゃなく、他ならぬ自分に。
未来の自分、好きに生きれてるのは、ここまで必死に生きてきた自分のおかげだ。感謝しろ。
酷い目にもあったし、自分を不必要に売ったこともある。正当ではない手段を取ったこともある。
だけど、それらを血肉にしてきた。

狭い価値観の中でそれを吟味もせず、ただただ垂れ流して、次の世代にまで無意識的に強制し、平然と笑うような生き方はしてない。皆と同じに甘んじて、傷つかない道を簡単に選んできた人間とは違う。そんな風になあなあと生きてない。
田舎の親戚の集まりだけは本当に心からくそくらえ。自分が仮にかつての自分に不愉快な思いを抱かせた人間の年になっても、同じことは死んでもしたくない。

疑問を持って、そこを意識的に出た。人の味方によっては『逃げ』かもしれない。でも、行動に起こせた。自分の命を守れた。物理的じゃなくて、精神的にだけど、あの場所に居続けてたら、間違いなく志賀は死んでた。そうならなかったのは、他の誰でもない志賀自身の判断のおかげだ。よく15歳(高校入学という意味で)の時にそれを決断出来たなと思うし、そういう自分もあっぱれだ。その判断は絶対に間違いじゃないし、間違いなんて誰にも言わせない。


私の、志賀のふるさとそのものがきっと悪いわけじゃない。
そこで生きる人たちにも素敵な人はいる。大切な出会いもある。
でも、それでも、志賀の生きる場所はそこではなかったし、今もそうじゃないと思う。
嫌いになりたかったわけじゃなかった。愛したいと思っていた。
地元にいる家族だって嫌いじゃない。でも、一緒には生きられない。

志賀のふるさとは、志賀が一生生きて、自分らしく生きられる場所ではないのだ。

志賀のふるさとはこんな場所だ。
これは志賀の物理的なふるさとの話。精神的なふるさとはまだ志賀は持ち合わせていない。これから出来るかな、分からないけど。
もしくは。もう一生いらない。志賀は旅人でいい。


黒くて、重い話ばかりを書き連ねたので、最後に少しだけプラスの話。

志賀には現在大切な人がいる。
この人と一生関わっていくのだろうなあと思える人だ。
何かあると彼に電話をする。楽しいことも悲しいことも。
彼が住むのは志賀から大分離れた土地。志賀には縁もゆかりもない土地。
だから、志賀はそこをふるさととは呼ばないし、呼べない。
でも、彼がいるという事実だけでそこは志賀の安全地帯になる。いつか帰る場所になる。

だから、志賀のふるさとをあえて作るなら、そこなのかもしれない。
そこには志賀を評価しない、志賀をありのまま大切にしてくれる、志賀もそう出来る、そうしたいと思える人がいる。

人々にとって、語りたいと思う、帰りたいと思うふるさとには、きっとその人が大切にしたいと思う人や物がそこに存在しているのだ。だから、きっとそんな場所を他の場所とは区別して『ふるさと』と呼ぶ。

そんなことを考える今の志賀だ。

皆様のふるさとはどこですか。
あなたのふるさとであなたの事を心から大事にしてくれる何かがずっと存在し続けますように。
皆様と皆様のふるさとに祝福あれ。

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