ショートショート57 『催眠術なんて』

「おうおうおう。催眠術だぁ?嘘くせぇ。いっちょやってもらおうじゃねえか」


パーティー会場で、ガラの悪い男が、一人の催眠術師にすごんでいる。


「俺はよぉ、お前みたいなインチキ臭い仕事してるやつが一番キライなんだわ」

「いや、そうは言われましても私も真剣にやっておりまして…その」

「ギャーギャーうるせんだよ!じゃあ、ほれ!俺にかけてみろよ」


空気は最悪。
この日はたくさんの男女が集まるお見合いパーティーの真っ最中。各々が任意で特技をアピールするという、フリータイム中の出来事だった。

その日、おそらく誰からも相手にされず、イライラも最高潮に達していたであろう男が、催眠術をアピールした人に噛みつきだしたのであった。


「早くしろよ!」

「…分かりました。ですが、催眠術は非常にデリケートです。あなたがあまりに疑ってかかられると、催眠もかかりにくく」

「御託はいいんだよ!できないならできないでいいんだよ!催眠術なんてもんはよぉ」

「仕方ありません…。では、今から私が3つ数えて、指を鳴らすと、あなたは犬になります。とても優秀な、従順な犬になります」

「ふんっ」

「いきますよ…いきますよ…スリー、ツー、ワン」

パチンッーーーー

「………」

「あなたは優秀な犬です。お手!」

「ワン」

「えらいですね。それでは次に…」

「……な訳ないだろうが!ギャハハハハハ!やめちまえよこんなペテン師!みんなー!これが催眠術ですってー!ギャハハハハ! ワンワンー!ワンー!」

まわりの人達も、その傍若無人な男に、唖然としている。

催眠術師はたまらず続けた。
「もう限界です。スリー、ツー、ワン」

パチンッーーー

「んん……え?」

「大丈夫ですか?」

「ああ、はい…ええと」

「ご協力ありがとうございました。“催眠術師を頭ごなしに全否定する人”になる催眠、見事にかかってくれてましたよ」

「え、ほんとですか?!全く覚えてない…」

すごい。凄い凄い。拍手の嵐がまき起こる。今日一番の盛り上がりだ。
間違いなく最高のアピールとなっただろう。

時はたち、ついに告白タイム。
男達がお気に入りの女達に次々と告白し、カップルとなったり、散っていったり。
一番の醍醐味の時間。

そしてーーー

全ての告白タイムが終わり、一人の女だけが誰からも告白されなかった。ああ。こんなに惨めなことはない。
理由を聞くと「もしも付き合って、あんなふうに操られたら、こわい」と皆が口を揃えた。

女はため息交じりにつぶやいた。
「催眠術なんて…」






~文章 完 文章~


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