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黒沢清監督Q&A@ヒューマントラストシネマ渋谷

『スパイの妻<劇場版>』の公開を記念して黒沢監督をお招きして、会場の皆様からいただいた質問にお答えいただきました!全文掲載です。

――最初にご挨拶を

公開して少し経ったのにこんなに大勢に来ていただいて大変ありがたく思っています。『鬼滅の刃』の合間を縫っておいでいただき、ありがとうございます。

――蒼井優さん、高橋一生さんの演技で気に入ってるところはどんなシーンでしょうか?

結構こういう質問って難しいですね。
どこも気に入ってるんです。
しいていえば、蒼井さんが決定的なフィルムを高橋さんに見せるシーン。
あなたは私のいうことを聞くしかない、といわれ高橋さんが唖然とするところ。
それまでから、突如力関係が変わる。
そのシーンの意図を、ふたりが完全に理解して演じてくれて気持ちよかったです。

――憲兵役で出演なさっていた東出昌大さん、次回はどんな役をやらせたいですか?

次回ですか?!(笑)
僕の映画だと普通じゃない、変わった役、人間じゃない役が多いんです。
あと何本かは普通じゃない路線を東出さんで追求したいですね。
ぱっと見からして、背が高くて普通じゃない。
あの普通じゃなさは貴重です。
こんな人間離れしたキャラクター?と思うような役をお願いできたら、と思います。

――超高精細な8Kカメラでの撮影 一番苦労したのはどんな点ですか?

それはハッキリしています。
最後の方で、憲兵隊の部屋で9.5mmフィルムの映写をするシーンがあります。
なんでもないシーンに見えますが、8Kで録るのは非常に大変でした。
8Kカメラの特質として、暗い部分を真っ暗に撮るのはもちろんできます。
暗い中にうっすらと見える、という撮影も鮮明に撮れます。
でもそこになぜかは分からないけれども、なにかノイズが出てしまうんです。
本当に暗い中に何かが微かに見えている、という撮影は苦手なようです。
そういう場合、かなり光を当てて、映写をしている設定にして、絞りを変える、
ということで乗り切ることもあるのですが、
そうすると、今度は部屋が明るいので、映写しているフィルムが見えなくなってしまう。

真っ暗にすればフィルムは撮れますが、そうするとフィルムを観ている人が見えない。

結局、たどり着いたのは簡単な結論で、フィルムは合成で入れ込みました。
こんなところに落とし穴があったんだ、と現場でもめにもめた点です。

――衣装も非常に印象的でした。特注なのでしょうか?

特注です。
たしか、メインのキャストの中で、笹野さんだけは既製のスーツだったと思いますが、

それ以外のキャストのものは作りました。
作るしか手立てがなかったんです。
いま、現存する既製服で当時のものは当然ありません。
古着があったとしても、もうぼろぼろで新品だったはずの当時のものには見えない。
そこで、いちから布地を集めて作りました。
そのぶん、色もデザインもかなり自由に作れました。
時代物をやる時、こういう点が贅沢だなあと思いましたね。
憲兵たちの服も全て作りました。
東出さんのサイズがない、ということもありますが、
意図的に軍服は変えたんです。
みんながよく知っている日本の軍服はカーキ色です。
それに比べるとブルーがかった色にしました。
ひとつの理由として、憲兵たちを冷たい感じにしたかったからです。
また、資料を調べると、当時の軍服は工場によって様々な色があったらしい、とありました。
残っている写真は白黒なので、本当の色は分かりません。
あるとき、カラー映像の日本の戦争映画がああいうカーキ色の軍服で撮ったとき以来、みんな軍服の色はカーキ色だと思い込んでいると思います。
でも、それ以外の色もあったらしいと資料を調べたら記載があったので、少し青みがかった軍服の色にしました。
こういった希望を実現できたことは贅沢でしたね。

――黒沢監督が歴史ものを手掛けるのは初めてですが、今後も歴史ものを撮りたいですか?好きな時代は?

先ほども申し上げましたが、時代物は衣装で贅沢ができました。
でも、ロケ場所探すのは大変ですし、お金もかかります。
とはいえ、やっていて楽しかった。
衣装も場所も、台詞も、アドリブを思いついても無理なんです。
すべて用意したもの、準備したものをもとにしなければいけない。
俳優が突然思いついて、「こんなセリフ言っていいですか?」と言われても
それは無理なんです。
脚本通りにやらないと。
そういう映画の作り方が面白いと思いました。
時代物だから面白いんですよね。
セットはここまでだから、それ以上動けない、というように
枠が決められることで、そこでなにができるか考える、その楽しさがあります。
好きな時代……この時代(戦前)やこれと似たような時代の話がやりたいですね。
今度は大陸に渡って、派手なドンパチや戦闘シーンのある映画も撮ってみたいです。

――濱口竜介さん、野原位さんとともに3人で脚本を書かれたそうですが、どう執筆を進めたのでしょうか?

まず、彼らが書いてきて、それを読んでああだこうだ言って、やり直して、を3回くらいやりました。
途中で「あとは残り全部書いていい?」と確認して引き取りました。
主にやったこととしては、彼らが書いた脚本はとにかく長かったので短くしました。
それとちょっとした台詞を足したくらいでしょうか。
僕が手を入れた割合は2割もないと思います。
ベースは彼らの書いたもの、それを一度は引き取って清書し直して、
気にいる文章に変えて、完成台本にしました。

――『スパイの妻』というタイトルは最初から決まっていたのでしょうか?

そうです。
プロットの時点で『スパイの妻』と書いてありました。
濱口と野原、どちらが考えたのかは分かりません。
いいタイトルだと思いましたがシンプルすぎて伝わらないんじゃないかと思い、
プロデューサーなどが変えると言い出すのではないか、と思っていましたが、誰も言い出しませんでしたね。

――受賞後の会見で、「オペラを見ているようだった」と審査員のひとりが言っていましたが意識していましたか?

オペラってまともに見たことがないんですよね。
テレビ中継とかで観たことがあるくらい。
歌ってるわけでもないし…なにがオペラ的なのかわかりません。

――特に苦労したシーン、思い入れのあるシーンは?

港のシーンが二度ほど出てきますが、それが困りました。
実は茨城の牛久シャトーという、近くに巨大な大仏があるところで撮影しました。
濱口たちは無責任に「港」と書きますが、
その頃に見立てた港を見つけるのは不可能でした。
いろんな港を見ましたが、みんな近代化されていて、
仮に建物は古いものが残っていても逆側にカメラを向けると到底古い時代に見えない。

しかし港を旅立つ、という設定は避けられませんし…。
コンピューターグラフィクスを使えればいいのでしょうけれど、予算がありません。
ならば、「旅立つんだな」ということがわかるように見せることにしました。
牛久シャトーでそれをやると決めるまでは辛かったですね。
いや、牛久シャトーはとてもいい場所なんです。
でも、いくらでもデタラメができる自分でも茨城の山の中を神戸の港に見立てるのは…。

「海のカットちょっと入れますか?」とも聞かれたが、
「もういい、ここは茨城なんですから」と言いきりました。
まあ、ちょっとだけ汽笛の音だけは入れましたが。

――ほかに神戸で撮れなかったシーンとしてはどのあたりがありますか?

自分は神戸出身なのですが、神戸の人が見ればわかると思うシーンがいくつか。
前半、蒼井優さんと女中を演じる恒松祐理さんが山の中で氷をとりに来た東出さんを会うシーン、設定は六甲山ですが、実際は筑波山です。
また、最後に聡子が泣き崩れる海……どうみても千葉ですよね。
砂の色が違う。関東ローム層の色。
でも、神戸の砂浜で撮ろうにも、ビルや明石大橋があるんです。
それで千葉で撮ったんです。
フィクションなので許してください、となりました(笑)。

――最後にご挨拶を

ご覧いただいたようにあの時代を描きました。
歴史ドラマの面白いところは、映画はあそこで終わりますが、
そのあと、日本がどうなったか、みんな知っています。
主要な人たちがどうなったのか、
もしかしたら、甥っ子は現代まで生き延びて、
いまも生きているのかもしれない、
そんなことを想像してもらえたら、現代とつながりのあるものに思えるかもしれません。

細く長く上映される映画だといいな、と思っています。
是非、まわりの人にも声かけて頂けますと幸いです。

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