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プロローグ 居場所をつくる

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旅行から家に帰ってくるとホッとする。
実家にいると心が落ち着く。

多くの人は、そう思っていることだろう。
でも、わたしはそうじゃなかった。

実家にわたしの居場所はなかった。
家族といるよりもずっと、恋人や友達と過ごしているときの方が、
自分らしくいられる気がした。

大学を出て、自分の力でお金をある程度稼げるようになったとき、
まず家を出た。
「自分の世話を全部しないといけないから、大変だよ」
と周りは脅したが、なんともなかった。
そこにあったのは“自由”、ただそれだけだった。

***

群馬、山梨、長野。
居場所を探して転々とするうち、あることに気づく。

周りの大人たち、友達、恋人、居心地のよいところには、
いつも“聞く耳”があった。

多くの問題を解決する有用な方法として、
「相手の話を聞く耳を持つこと」
があるんだと学んだ。
わたしに意見があるとき、相手に意見があるとき、
お互いがお互いの話を聞く姿勢をもつことで、
信頼が生まれて、いつしかそこが居場所になる。
わたしがずっと欲しかったのはそれだ。

家族にしてもらいたくてもしてもらえなかったこと。
わたしは他人と対するとき“聞く耳”を持つことを心がけるようになる。
他人同士もちろんぶつかることもあったけれど、
簡単には壊れない安心がそこにはあった。

長野の職場を出るとき、ある人にこんなことを言われる。
「君は周りのおかげと言うけれど、
そうやって居心地の良い居場所を作ったのは君だからね」
ずっと認めてもらえないと思っていた人からの言葉だったのもあって、
思わず目頭が熱くなった。キャラじゃないし仕事中だったので堪えた。
わたしはまたひとつ、居場所を作れた。

***

こうしてわたしはまた自分で作り上げた居場所を去って、
また新しい場所へと赴く。

いい人でばかりの世の中でないことはいちばん自分がよくわかっている。
でも、根っからの悪い人なんてそういないことも知っている。
新生活の不安は大きいけれど、
わたしならまあなんとかなるだろうと思っている。

***

旅行も移動も大好きなのに、
唯一いまだに好きになれないのが荷造りだ。
この世でいちばん嫌いと言っても過言ではないくらい。
来週に迫った出発までに、趣味の多いわたしの荷物がまとまるのか、
今はそれが大きな不安である。

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