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実践的な「要約」とは何か。

人生は、要約できない。
極論を言ってしまえば、すべての人間の人生を最も短くまとめると「生まれて/死んだ」になるのではないか。

多くの偉人の生涯のあらましには、名前とともに「生誕した西暦-没した西暦」が紹介される。先日『エミール』を読み始めたが、この著者であるフランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーであれば「1712―1778」になる。

もちろん「これは要約とはいえない」という指摘は正しい。要約というより、単なる生没した期間のデータに過ぎない。墓石に刻まれる碑文の一部としては適切かもしれないが、死者の人生については、何ひとつとして語っていない。

ルソーの人生を「1712―1778」としてまとめてしまうと、パリのはなやかな生活も、教会から弾圧を受けて苦しんだ日々も、ごそっと削ぎ落される。

しかし、重要なキーワードの抽出レベルを最大に上げてノイズをすべて除去していくと、どのような人間であっても、人生は「生まれて/死んだ」に要約されてしまうはずだ。生まれたことに匹敵する幸福はないだろうし、死んだことと同等の喪失はない。

自叙伝や伝記は、ちょっとだけ長めの人生の要約である。しかし、自叙伝であれば本人の主観の文章になる。伝記であれば、あらゆる文献を押さえたとしても、研究者やライターの興味関心の影響を受ける。

後世に新事実が発見されるなど、自叙伝や伝記が正しく人生を記述しているとは言い難い。そもそも、誰かの人生において「重要」とは何か?

国語の授業や受験における要約では、キーワードをしっかり押さえて、エッセンスを抽出しなければならない。段落構成に合わせた重要な言葉を盛り込むことが必要になる。

とはいうものの21世紀の現在、テキストから重要なキーワードを抽出してまとめる作業はChatGPTをはじめとする生成AIに任せてしまえばいい。人間が時間をかけて汗を流して要約しなくても、人工知能のみなさんが瞬時かつ適切に短くまとめてくれる。

人工知能に丸投げして一瞬のうちに得られる要約はありがたい。効率的だ。プロンプトを細かく設定して深掘り、カスタマイズもできる。とはいうものの、あまりにも簡単すぎる。機械に任せた要約に戸惑いがある。

人工知能と人間知能の要約について、もう少し考察したかったので、ルソーの人生についてCopilotを使って要約してみた。

ちなみにCopilotはマイクロソフト社の生成AIのサービスである。アプリやOfficeソフトからも使うことができるが、最も簡単な方法はEdgeのブラウザ画面から無償版を使う方法だ。GPT-4がベースであり、情報をまとめるときに役立つ。ただし、チャットの文脈によっては誤った内容が出力されるので、注意が必要になる。

まず、400文字でルソーの人生の要約をお願いしてみた。トーンは「プロフェッショナル」を選択している。以下のようにまとめてくれた。

ジャン=ジャック・ルソーは、1712年にジュネーブで生まれたフランスの哲学者で、政治哲学者、作曲家としても知られています。彼の人生は多くの逆境に直面しながらも、独自の哲学と思想を築き上げたことで知られています。若い頃は放浪生活を送り、様々な職を経験しましたが、38歳で「学問芸術論」で懸賞論文に入選し、その後の彼の影響力は増していきました。彼の主要な著作には、「社会契約論」「エミール」などがあり、これらはフランス革命や近代教育に大きな影響を与えました。ルソーは自由と平等を重んじる社会を理想とし、その実現を目指す意志を「一般意志」と名付けました。しかし、斬新な教育論「エミール」の出版により、教会や政府からの弾圧を受け、亡命生活を余儀なくされました。晩年は精神的な苦悩にも悩まされながら、1778年に66歳で亡くなりました。ルソーの思想は、自由と平等を基盤とした社会の構築に向けた、今日でも引き続き議論される価値ある遺産です。

Copilotによる要約

素晴らしい。「社会契約論」「エミール」といった重要な著作をしっかり押さえ、彼の人生の苦悩についても触れられている。社会に与えた影響も踏まえていることから、視点が幅広い。

「知られています」が続けて2回使われている部分は冗長なので、添削したくなるが、バランスのいい優れた要約だ。

続いてXへの投稿を想定して、140字の短文でまとめさせてみた。以下のような出力が得られた。

ジャン=ジャック・ルソー、スイス生まれの哲学者。幼少期に孤児となり、苦労の中で教養を身につけた。彼の著作「社会契約論」や「エミール」は政治思想に大きな影響を与え、フランス革命の精神的支柱となった。

Copilotによる要約

「です、ます」調の敬体から「だ、である」の常体に文末が変わり、文字数を抑えて短文化したようだ。短い文章に代表的な著作を2つ入れるとともに、社会的な影響力を踏まえている。優等生的な要約である。

さらに文字数は多いが「面白く」要約をお願いしたのが、以下になる。

ジャン=ジャック・ルソー、時計師の息子で、生後すぐに「時間がない!」と言わんばかりに母を失い、父との時計合わせもうまくいかず、父は決闘騒ぎで逃亡。ルソー少年は、彫金師の下でキラキラした日々を過ごすはずが、逃げ出して放浪の星となる。しかし、ヴァランス夫人という救世主が現れ、彼女の庇護のもとでルソーは知識を吸収。彼の人生は、まるで彼の著書「社会契約論」のように、自由奔放。教育論「エミール」で子どもたちには自由を、自分の子どもたちには孤児院を選んだ矛盾した男。政治哲学で世界を変えたけれど、最後はパリ郊外で静かに時を刻む。 どうやら、ルソーの人生は彼の時計のように、複雑で予測不能な歯車で動いていたようですね。

Copilotによる要約

「時計師の息子」にこだわり、そのテーマが要約全体に貫かれている。ルソーが言ったわけではないが「時間がない!」というような会話文を入れて、物語のように読ませる演出が面白い。皮肉の表現も使いつつ、最後は「ですね」という語りかける文末が使われていて、ほっこりした。

ところで、ルソーに関する記事を先日書いた

この記事のなかで、次のようにルソーの生涯を要約して紹介した。人工知能ではなく、人間知能による要約である。

ルソーは音楽好きだった。正規の教育を受けていないにも関わらず、音楽教師になろうとしたという。作曲したり音楽辞典の原稿を執筆したり、多彩な活動を行っている。一方で思想家としては、教会への批判を扱った挑戦的な書物により、出版禁止や弾圧を受けた。かなり過激なマルチアーティストのようだ。彼のアグレッシブな経歴に共感する。

若い頃のルソーはイケメンだったので、女性たちにモテモテだったらしい。パリで暮らしていたアラサーの頃には「決して捨てないし結婚もしない」という条件のもとに、23歳のテレーズ・ルヴァスールという文字の読み書きができない女性と恋に落ちた。彼女との間に5人の子供が生まれたが、ルソーには経済力がなかったから、すべての子どもは孤児院に収容された。ひどい気がするが、その当時ではよくあったことのようだ。

そして1756年、はなやかなパリを去って孤独な生活にひきこもりつつ、腰を据えてルソーは『エミール』の著作に着手する。

ルソー『エミール』の冒頭に学ぶ、文章を書く姿勢。

あらためて読み直すと、ひどい。もちろん『エミール』について書こうとしていたので偏っていることは仕方ないにしても、特定の時代だけを取り上げて主観が混じっている。試験でこんな要約を提出したら、100点満点のうち10点ぐらいしかもらえそうにない。落第だ。

といっても負け惜しみではないのだけれど、このように要約することでルソーに対する関心が強まった。彼の人生を知ることによって、偉人にも関わらず、ちょっとだけダメなルソーに親近感が生まれ、『エミール』を読もうというモチベーションが高まった。ひとつひとつの彼の言葉がこころに沁み込むようになった。

私見に過ぎないが、テストで満点を取るための要約ではなく、自分の人生に活かすための要約は「自分の言葉でまとめることに意義がある」と考える。

したがって、バランスが悪かったとしても、自分の関心に焦点化(Focus)し、精神的な“感動”+身体的な“活動“など自分を「動かす」ための要約、モチベーティブな要約が実践的に使える要約として重要ではないか。

「自分の言葉でまとめる」ことを言いかえれば、焦点化のほかに、抽象化があるだろう。抽象化することによって、人生という具体的な物語は訓話のように形を変える。抽象化の過程を経て、もう一度、自分の経験や体験に基づく言葉で具体化と再編成を行えば、人生を「物語化」できる。

ちなみに抽象化を具体的な技巧としてとらえると、レトリック(比喩)の思考を使うことが考えられる。メタファ(暗喩)、メトニミー(換喩)、シネクドキ(提喩)という思考のパターンが使えそうだ。

そうやって加工した要約は、もはや要約とはいえないかもしれない。解釈の範囲に踏み込んでいる。もとの文章とはまったく別物になるだろう。しかし、偉人の人生にしろ説明文にしろ「自分事として読む」姿勢からまとめた要約が、読み手の人生に役立つ即戦力の要約ではないだろうか。

人工知能が答えを出した要約は、テストや課題を提出するときに大いに役に立つ。しかし、プロンプトの使い方に違いはあったとしても、演算処理によって導かれる回答でしかない。偏りがないため美しいが、美しいゆえにこころを打たない。

人工知能の要約は、どんなに面白さを要求しても優等生的であって面白味がない。創造性に欠ける。もちろんこれから人工知能は、どんどん創造的になっていく可能性はある、とはいっても、彼らはそもそも身体や感情を持たないから、嘘っぽい。読み手に忖度している印象があり、いまいち。

リアルな人生に役立つ要約は、バランスは悪くても自分事に変換した「知恵としての要約」と考えている。それはintelligenceというよりもsenseやwitに近いかもしれない。だからこそ、人間には要約力が求められる。

人生は、要約できない。しかし、誰かの人生で最も輝いた瞬間を自分の視点で切り取って簡潔な言葉により言語化できれば、その要約は、自分を動かす原動力になる。

あらゆる人間が生まれて、いずれ死んでしまう。どんな人間であっても、いまのところ永遠に生きることはできない。永遠に生きられないから、生死のあいだにある些末な日常、くだらない人生、路傍の花に意義がある。要約できない人生が尊い。

生成AIがめざましい進歩を遂げている現在、この新しいツールを使いこなしつつ、自分の脳力を使って考えられる知性があれば最高だ。要約に限らず人工知能という他者と対話しながら、創造性を発揮できればよい。

21世紀、面白い時代になってきた。

2024.05.25 Bw


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