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型破りであるために、型を知る。

日本人は型から入ることを大切にする。あらゆる「道」とつくもの、たとえば茶道や華道のような文化系から、いわゆる武道の柔道、剣道、弓道といった体育系まで、まずは師匠の教えを守り、しっかり美しい型を作ることが求められる。

型ができたところで型から抜け出す。千利休による「守破離(しゅはり)」のプロセスである。型を身体で覚え込んだ後で、ようやく型から離れて自由自在な新たな型を生み出せるようになる。創造的な活動はそこから始まる。

こういう文化があるせいか、日本人は「とりあえず型を作らなきゃ、自由にやるのはそれからだ」と思いがちだ。ところが、型を学んでいるうちに型に縛られてしまう。型破りな発想が生まれにくくなる。

日本人は「空気」という型にさえ縛られてしまう。

この島国の空気は、ときに水のような液体になり、液体は冷えると固体になる。「ジョークがすべって、みんな固まった」のように。一方で「雨降って地固まる」といったことわざもある。固まることは完成であり、ゆるぎない状態をよしとする。

ところで批判を恐れずに述べると、学校教育の基本は、戦争のような非常時の状況下で和を乱さずに上からの命令に従う人間を作り出すことにあったのではないか。だから型を重視したのだろう。ルール、規則を重んじて、型にはまった人間を鋳造する。学校は鋳型に合った人間を製造する工場だった。

工場では、品質チェックのためのモノサシが必要になる。そのモノサシが偏差値であり、評価だった。ランキングはよりよい製品を作るための目安になる。そうやって優れた製品として生産された人間は、次の優良品を作るためのスタッフとして工場で働かされる。それが教師だ。

命令を忠実に守る人間を作り出すために、学校教育は武道の型をアレンジして、先生(師匠)という絶対的な存在に無条件に従うスタイルを作った。全体が求める結果を正解として、正解に疑問を投げかけることを禁じた。

しかし、平和な時代が続いて日本は変わり、世界も変わりつつある。世界のほうはといえば、戦争に突入しつつあるかのようにみえる。

現代はVUCA(ブーカ)の時代といわれる。VUCAはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの頭文字による言葉だ。不確実性の時代と言われたこともあった。激しい変動のうずのなかにあり、正解のない時代でもある。

正解のない時代には、新しい正解を作らなければならない。だから命令を待つ人間より、自分で考える人間が求められる。学校という製造工程を変えなければならない。

こうした状況に直面して「いったい私はどうすればいいのでしょう?」と困惑する若者も多いのではないだろうか。

「自由からの逃走」と言われるように、人間にとって、実は自由は苦痛でしかない。え?と思う人がいるかもしれないが、よく考えてほしい。誰かの支配下にあり、命令に従っていたほうが楽だし、何よりも生きやすい。人間には、支配されたがる傾向がある。それが病になると、共依存という逃れられない苦しみになる。

すべてを自分で決めなければならず、決めたことに対して責任を負わなければならないから、自由であることは厳しい。完全な実力主義だ。チカラのないものは淘汰され、生き残ることができない。だから自由を求めつつ、いざ自由を手に入れたなら自由から逃げ出したくなる。

うわっつらの心地よい言葉として自由をとらえるべきではない。自由を謳歌するというのは、安っぽいシンガーソングライターの歌でしか通用しない嘘である。現実社会を自由に生きようとすると大変だ。会社から飛び出して、フリーランスになってみると痛切に分かる。

会社や上司の愚痴を言いながら給料をもらえる社畜の生活は、確かに自由ではないかもしれないが、会社に守られていて安心安全、らくちんだ。

あたかも自分の実力のように一流企業に就職した自分を自慢することがあるが、会社の力=自分の実力ではないことが多い。単なる「虎の威を借る」人間として、威勢がいいだけで何もできないひとも少なくはない。一流はスゴイという常識の型に安穏としているのである。

しかし、そういうすべてを踏まえた上で、だからこそもう一度「型」を見直してみたい。

別に型を破らなくてもいいんじゃないか。「型守り」のスタイルでありながら創造的にはなれないのか。これまでの型ではない別の型を使うことによって、革新的な生き方はできないのか。

基本ができていないにも関わらず、注目を集めたいがために型破りなことをやろうとする未熟さには、もう飽きた。もちろん素晴らしいクリエイターもいるが、奇抜さで注目を集めるYouTuberはいまや小学生のためにある。いい大人が観るべきものではない。やるべきものでもない。

ただし常識を疑い、停滞した社会に風穴をあけることは必要だ。ブレイクスルーといってしまうと古臭い印象があるが、突破口を作るために型を知っておくといいだろう。

ひとくちに型といっても、さまざまな意味がある。スタイル(style)も型であり、ビジネスモデルのモデル(model)も型だ。また、文章表現に関していえばテンプレート(template)があり、思考やプログラミングに使われるフレームワーク(framework)のような構造も型の一部と考えられる。

長くなってしまったのでここで終える。これからも型について考えて続けていきたい。

2024.02.03 BW


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