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[幻聴ラヂヲ]六 ジンゾウ Diamond

 昨夜の幻聴は長かった。夕食後にコーヒーを飲んだせいだ。深夜に目が覚めてしんどい思いをすることがわかっているのに、時々、むしょうに飲みたくなるのである。

 それはともかく脳が半分覚醒しているので、夢は生々しかったし、朝起きても消えることがなかった。そう、昨夜見たのは<夢+幻聴>だったのである。もしかしたら<夢×幻聴>だったかもしれない。超トンデモ内容だったのも無理はない。

 念のためにお断りしておくが、わたしは神秘主義者ではない。夢や幻聴が真実などとは、これっぽっちも思っていない。<火のないところに煙は立たない>というが、「火」と「煙」は全然違う。夢や幻聴はいわば「煙」に過ぎない。しかもこれからする話は、聖者でも預言者でもないバカの脳内に発生したものだ。くれぐれも拡大解釈はしないでいただきたい。

 前置きが長くなったので、内容は簡潔に記す。

 どんな「煙」が脳内に立ちこめたかというと、アコヤ貝に真珠を作らせるように体内にダイアモンドを作らせるという話である。ある種の条件が揃うと腎臓の中に結石が出来ると云うことはご存知だろう。今回はその結石がダイアだったということだ。

 いったいどこの誰がそんな突飛なことを思いついて研究したのか?

 実は偶然の産物だった。新薬の実験中、副作用として腎臓結石が出来てしまった。その中のいくらかがダイアだったのだ。むろん由々しき問題である。
 研究者は痛む胃を薬で誤魔化しながら上司に報告した。上司は予想通り、報告書を机に叩きつけて研究者を詰(なじ)った。
 しかし、それは社運をかけた新薬であり、かつ最終段階だったので、「やりなおせ!」で済む話ではなかった。報告書は役員会にまで上がった。

「副作用で腎臓にダイアが出来たそうじゃないか?」

「は、申し訳ありません」

「これが本当の ジンゾウ・ダイア とな」

「さ、さすがは常務! ひ、瓢箪からコマった、で途方に暮れておりましたが、そう云っていただける救われます」

「暗い気持ちだったのが カラット 晴れたか?」

「わ、わたしなど何の値打ちもないブラックダイア(石炭)ですが、ぐらファイトが出ました!」

「グラファイト? つまらん。
 くだらんことを云っとらんで、ちゃんと説明したまえ」

「は、千分の一程度の希なケースではありますが、まぎれもない炭素の結晶、ダイアモンドの結石が出来たのでございます」

「人工ダイアを作るのには、きわめて高い圧力が必要ではないのか?」

「必ずしもそうではありません。ダイアモンドコーティングの場合には、炭素ガスを使って薄い膜を形成させます」

「腎臓の中で炭素のガスが発生するのか?」

「本件の場合は、一種の自己組織化が起こったようです」

「腎臓内で、炭素だけが勝手に集まってダイアと同じ結晶構造を作り出したと?」

「はい。どうしてそんな現象が起こるのかは不明ですが、開発中の新薬の中に、何かそれを促す作用があるようです」

「まあ、今の時代、体内でナノマシーンまで組み立てるそうだからな。単一構造の結晶が作れたとしても不思議はないか……」

「腎臓結石の類いなので手術すれば取り出すことが出来ます。命に関わる問題ではありません。それに何しろダイアなので、手術して取り出せば手術費も賄えるかと」

「お前、正気か? そういう問題ではないだろう。
 添付書の副作用の欄に<ダイアモンドが出来ることがある>なんてこと、書けると思うのか?」

「それは……」

「たちまち大炎上するぞ。<体内にダイアモンドが出来る薬が登場!>
 話題にならんほうがおかしい」

「わ、わかりました。新薬の開発は直ちに取りやめ、関係書類はすみやかに処分します」

「すでに百億以上、つぎこんでるんだぞ」

「も、申し訳ありません。いかなる処分でも受ける覚悟です」

「お前たちの給与を返上して貰っても、どうにもならん。ケタが違う」

「…………」

「頭を使え、頭を!」

 以上のようなやりとりがあって、副作用を主作用にする方針が決定された。もちろん人間でやるわけにはいかないので、サルを使うことになった。サルの腎臓でダイアモンドを生産するという前代未聞のプロジェクトがスタートしたのである。
 サルでやるとなると、やれることは大幅に広がる。注射ではなく点滴で継続的に大量の薬液を注入。その中にはダイアの材料になる炭素成分や作用を強化するための添加剤を加え、さらには遺伝子編集まで行うことにした。

 果たして効果はてきめん。ダイアモンドの生成はレアケースではなく、高確率で発生するようになった。こうなると事業化も射程に入ってくる。

 が、照会を受けた社内の法務が待ったをかけた。いくらサルを使っても、動物愛護団体が黙っていないというのである。確かに腎臓結石は激しい痛みを伴う場合がある。それを虐待と云われれば、弁明が難しい。おりしも世間ではフォアグラの禁止が議論されていた。タイミングも悪かった。

 研究者はふたたび窮地に立たされた。思い詰めた彼は、なんと新薬に血栓を生じさせる作用を追加した。それがいかにも巧妙で、血栓を繊維状にすることで遅効性にしたのだ。
 つまり、腎臓内のダイアが一定の大きさになったタイミングで血管が詰まるという仕掛けだ。これならサルは結石で苦しむことなく血栓で死ぬ。それでも苦しいがこの人工血栓の場合は、先ほども云ったように繊維状なので詰まりにくく、詰まった時はほぼ即死だそうだ。これなら発覚しにくいし、サルの遺体が外部に流出しない限り秘密も守られる……。

 あまりに陰湿な方法で話しているだけで気分が悪いが、善良な人ほど追い詰められると限度を超えたことをするという。その典型例が起こってしまった。
 むろん、大企業がそんな危険を冒すわけがない。だいたい大組織の上層部を占めているのは、根っからの悪党ばかりだ。彼らは悪の限度をよく知っている。

 救世主が現れたのはまさにその時だった。「いよいよ、損切りをせねばならなくなったか……」という時に、国の諜報機関がコンタクトを取ってきたのである。社内の内通者が通報したらしい。社内に政府の息のかかった者がいるということは公然の秘密だった。大企業というのは実にしたたかで、そうすることで一種の透明性を確保していた。
 結果、多少のやりとりはあったが、プロジェクトは極秘のままに軍に移管されることになった。製薬会社としては、これまでの投下資金を補填して貰えるだけで御の字であり、拒む理由はなかった。

 しかし、政府はそんな物騒な研究に、どんな価値を見出したのだろう? たとえ国家であろうと、サルを使い捨てにしてダイアモンドを生産するなど到底許されることではない。

…… 話せるのはここまでだ。

「はあ? なんのことか全然、見当もつかんぞ!」という人は、結末を聴いても到底、理解が出来ないと思う。
 逆に、理解できる人には、すでにいくつかの筋書きが思い浮かんでいるはずだ。三年前なら到底無理だったろうが、今回の騒動で医療の舞台裏が丸見えになってしまった。見えないふりをするほうが難しい……。

 繰り返すが、以上は夢と幻聴の話である。
 社会が健全であれば、まったく荒唐無稽な話だ。
 もし、ぞわゾワっとした人がいれば、それは社会の方がおかしくなっているのである。妄想は妄想であり1ミリも動かない。

こんな妄想が不気味に感じられたとしたら、
現実を疑った方が良い。

 そんなこと、あり得ない?

 そう、それが良識というものである。
 わたしだって、自分の生きてるこの世界がマトモであると信じたい。

 最後に、付け加えることがあるとすれば、それは政府の立場についてだ。

 わが国が超大国のはざまで翻弄されているというのは、紛れもない事実である。安全が保証されていたのは人手が価値を生んだ時代である。しかし、今やコンピューターとマシンが人手に取って代わろうとしている。

そんな時代に、どうやって国民の生命を守るというのか?

この問題は相当深刻である。

今、わが国の政治に求められていることは、
建前の安全保障や人権を語ることではなく、
国民の価値を陳腐化させないことなのである!

憂国の政治家なら、きっとそう考えているはずだ。
 であるならば、

血の通っていない存在に作れないものは何かと考え、
それを作れるようにすることは
十分、検討に値する……



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