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【開幕直前】【野球】【WBC】【初陣】【侍ジャパン】ショートショート「とくんと鳴る胸」

 世界中の真夏をすべて集めたくらいに赤くて熱い土、君はそこで彼らと肩を抱き寄せ合って円になっていた。
 私は胸の前で手を組んで、バラバラに砕けてしまいそうな心臓を繋ぎ止めていた。
 空を眺める。風に乗って駆けゆく雲。空はきっと昨日よりも澄み渡っている。
 目を閉じた。首筋から背中へと熱を持った滴が伝わる、食いしばっているはずなのに奥のほうから震えが止まってくれない。
 すぐそばに見る彼らは、くだらないお喋りで笑い合っている、いつもの少年じゃないみたいに見えた。
 やがて少年たちは散り散りになる、広大なグラウンドでそれぞれがそれぞれに立つ。心細くなる、その細い背中たちが九人。あんなに広いグラウンドを走り回るなんて、人はなんて、強いんだろう。たくましくなれるんだろう。
 中央の小高い丘には彼がいた。キャップを深くかぶり直し、痩せっぽちの気弱な王様のように、仲間たちに背中を見せる。その背番号は1。
 始まりを待つ彼らは、どこか頼りなげなその背中を見つめていた。呼吸が聞こえる気がした。ひとりずつ、大きな息を吐く。
 広すぎるグラウンドの真ん中にいる君はまるで独りぼっちみたいに見える。
 大きく深い呼吸を三度。
 きっと、震えてもいる。それが伝わる。南の真上には落ちてきそうなほどの太陽が私たちを睨んでいる、誰一人として分け隔てないように。
 サイレンが鳴り、いよいよ試合が始まる。
 君の相棒がグラブを叩き、一球目をサインする、君の遥か後ろの仲間たちはきっとその一瞬を待っている。
「がんばれ」
 ありきたりでしかない、あまりにも月並み過ぎることを思う。直視していられないのに目を離すこともできない。
 何度かうなずいた君は息を吐き出し動作を始める。とくんとなる胸。
 試合はこれからなのに、ただそれだけで私は泣いてしまいそうだった。そのときだった。
「行くぞ」
 高らかなる声。君はマウンドを降り、振り返った。グラウンドに立つチームメイトの皆に、手を上げる。全員の視線が集まる。一塁手。二塁手。三塁手。遊撃手。左翼手。中堅手。右翼手。君の呼びかけに、そこにいる全員の拳が天をつく。再び、マウンドへ。そして、捕手のサインにうなづく。
 かつての、細くて、頼りなくて、小さな、少年じゃない。君は、いまや、野球選手なんだ。
 さあ。
 野球が始まる。私たちの真上には、野球の神様が微笑んでいるのだ。

photograph and words by billy.

 さて。今夜から、いよいよ、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の開幕です。そのファーストラウンド、まずは中国代表と対戦です。かつての野球少年たちは、すっかり立派な青年に、一流のプレイヤーに成長して、この日、野球の日本代表、侍ジャパンに選出されて、これから、その覇権を賭け、世界の強豪国との対決が繰り広げられます。
 がんばれ、日本代表。世界を奪ってくれ、侍ジャパン。きっと、史上最強の代表チームのはず。
 どうしても、大谷翔平選手が話題にはなりますが(160キロを投げる先発投手が、ホームラン王争いに絡み、メジャーでMVPを獲得したという、マンガにもできないような選手なうえ、イケメンで素行まで良いというミラクル)、しかし、侍ジャパンはモンスター級のタレント揃い。165キロを記録した「令和の怪物」、佐々木朗希投手。投手タイトル総ナメの山本由伸投手。史上最年少で打撃三冠王になった、村上宗隆選手。今季からメジャーへ移籍した、吉田正尚選手。代表には初の日系アメリカ人、メジャーリーガーのヌードバー選手。キリがないのでそろそろ。
 我らが阪神タイガースから選出された、湯浅京巳投手、中野拓夢選手にも注目です。
 きっと、大舞台で大暴れする、侍たちの姿が楽しみでなりません。

 また、すべての野球少年と野球少女、かつての野球少年と野球少女たち、野球に関わる人々と、すべての野球選手に栄光が降り注ぎますように。
 それでは、また。ビリーでした。
 WBCの開催期間はnoteに出てこないかもしれませんので、そんなふうになっていたら、ご了承くださいませ(笑)。

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