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映画「行き止まりの世界に生まれて」

平野歩夢選手の、人間技とは思えない、爽快なハーフパイプのパフォーマンスを観ていて、少し前に観た映画を思い出す。

一昨年の秋、年に一度のMRI検査を受けに、都心に行かねばならなかった。外出自粛が始まってから、長く電車に乗るのは初めてだった。

せっかくなので、帰りに映画を観てこようと思い立った。どこの映画館も空いているはず。はて、何を観るか。映画批評がいつも当てになるとは限らないけれど、この選択には役立った。

アメリカ、イリノイ州のラストベルトと呼ばれる地域の町。それぞれの厳しい背景を抱える3人の少年がスケボーを通して出会い、家庭では得られない居場所と時間を共有していく。

疾走するスケボーの合間に、彼らの置かれている状況が、少しずつ現れる。

撮る者と、撮られる者との距離感が近い。カメラを回すのは3人のうちのひとり、中国系のビン・リューである。言葉にすることのなかった心の内も、気を許した相手にひょいと本音を語り出す。

リーダー格だったザックの、生まれたばかりの息子の母親であるガールフレンドへの態度を見て、ザックが親から受けた暴力が連鎖していることに監督は気付く。

やがて、監督も自身の葛藤と向き合わざるを得なくなる。

ビン・リューが継父から受けた壮絶な暴力を、腹違いの弟が証言する。「お母さんは僕のこと気づいていたの?」と疎遠となっていた母親にもカメラを向ける。母は涙を流して、止められなかったことを謝る。家庭が子供を守る場所では全くなかった状況が痛ましい。それでも、正面から向き合うことで、やがて家族は再生してゆく。

やはり父親との関係に悩み、家に居場所がなかったアフリカ系のキアー。兄は刑務所へ。自分の道を見つけるため、街を出ることを決めた時、父の墓で泣いて感情を解き放つ。素直で感受性豊かな笑顔がとてもいい。

完成した映画を見て、撮影はセラピーだった、と言ったキアー。数年経った今、新しい居場所を見つけることができたのか。スケボーと音楽を続けているとの噂も。是非続編が見たい。

中国にルーツを持つ若いビン・リュー監督の、他者の感情に寄り添う感性、自らの痛みを伴う記憶も正視しようとする勇気、そして、映画作りへの熱意が詰まった、12年間に渡るドキュメンタリーである。

新宿シネマカリテ                                     2020   秋





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