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『スロウハイツの神様(上下)』辻村深月著

3月ももうすぐ終わりですね。あったかくなり、桜も満開を迎えました🌸
と同時に、春の嵐もやってきて、強い雨風と共に一気に桜を散らしてしまう…。
正しく日本人好みの、美しくて、切なく儚い桜ちゃん。今年ももう少しだけ楽しませてね!

さて、新しい季節を迎え、私も何か新しいことを…、と思い立って読書のレビューを書くことにしてみました☺️
初回は辻村深月さんの「スロウハイツの神様」です。


①あらすじ

人気作家チヨダ・コーキが、ファンによる殺人ゲームにより筆を折ってから10年。「コーキの天使ちゃん」によって復活を遂げたチヨダ・コーキは、新人脚本家・赤羽環に誘われ、彼女がオーナーを務める「スロウ・ハイツ」に入居し、クリエーターを志す狩野たちと暮らし始める。加々美莉々亜の存在から変革を始めていたスロウハイツでの生活は、ある日、一通の郵便が環の手に渡ったことで大きく揺れ始める。
(Wikipedia引用)

主人公の赤羽環は売れっ子の脚本家。人気作家のチヨダ・コーキをはじめ、敏腕編集長、画家・映画監督・漫画家の卵など、あらゆる種類のクリエイターたちの同居する日々を綴っている。楽しく平和な日々から、それぞれの環境も関係も変化し始め、徐々に過去の話へも遡っていく。
主人公は環だが、コロコロと視点が変わり、誰か1人に感情移入するというよりは、スロウハイツに住む透明人間的な視点で読み進められる(私だけかも笑)
今までとは違う方法で入居してきた(環選考通過者では無い)加々美莉々亜が住みはじめ、環がある一通の手紙を受け取ったことで、物語は加速していく。

②感想(ネタバレ含む)

はじめは芸術系の仲良しグループの共同生活を書いていて、まあこういう事あるよなー楽しそうだなーと思いながら読んでいた。恋愛も友情も普遍的で、視点もコロコロ変わるので、え、これ誰の発言?と何節か前から読み返したり、少し読みにくさもあったものの、上巻終盤くらいから引き込まれていき、徐々にそれぞれの言動や行動の理由や秘密が明らかになっていき、下巻はあっという間に読みきってしまった。

個人的に昔から、クリエイターと言われる、料理とか建築とかも含む、物作りをする全ての人に惹かれる傾向があって、自分に発想力や表現力とかいうものが皆無だからかもしれないけど、こういう刺激しあえる関係性や、自分の世界をもつ表現性を羨ましくも思っていて、でも同時に誰かが売れる、と売れないとか、自分と一緒に進んでいたはずの人が、いきなり追い越していくこととか、そういう環境の変化がはっきりしている残酷さもある世界だと思う。

環は脚本家としてのプライドも高く、そういう上下関係をはっきりと示すタイプで、それゆえに友達が少ないと言っていたが、彼女が厳しさをぶつける人は、彼女が才能を認めている人であること、そのことを親しい人間はちゃんと理解していること、環の過去がどれだけ辛いものだとしても、それはとても幸せなことだと思う。その一生懸命さと一途さゆえに、コウちゃんをはじめとして多くの人を救っている。
編集者の黒木さんも、売れるためには手段を選ばない、環に言わせれば「ゲスい」売り方をするタイプだけど、コウちゃんには作品へ愛がしっかり伝わっているし、上巻で主に描かれていた「スロウハイツ人々とその日常」の楽しそうな様子から、下巻にかけて「それぞれの過去や秘密」が明かされても、私はどの登場人物も憎めなかったし、むしろ人としての深みが感じられてより入り込めた。
狩野だって多分『ダークウェル』の作者なのに何も言わないし、恐らく気づいている皆も何も言わない。過去や秘密をすべて明らかにする必要はないんだと思ったし、明らかにしない優しさもある。
莉々亜が来たことで、今まで気づかないふりをしていたそれぞれの思いやスロウハイツの問題が浮き彫りになり、秘密が明らかになるが、読み終えて振り返ってみると、環をちゃんと理解して受け入れてきた彼らの信頼関係が崩れることは最後までなかった。

最終章コウちゃんの記述にはぞくっとさせられた。初対面であるはずの環に対しての「お久しぶりです」「ストーカーっぽいことをしたことがある」という言動、ハイツオブオズのケーキ、全て辻褄が合った。過去にお互いがお互いを支えた経験があって、コウちゃんはその全部を知っていた。莉々亜が来ても全然揺れなかったのは、もうすでに天使ちゃんがいたからかと。
全てが最後に繋がって、全員特別だけど、特別じゃないなあと思う。無いようである話というか、スロウハイツでの共同生活は人生の中の一部を切り取ったものに過ぎなくて、本当はもっと彼らの歴史は長くて、色々な経験があって当然なのに、前後のストーリーを知って、関係性が変わっちゃうというのは現実でもあったりする。
ただコウちゃんがサンタに扮して環と桃花にケーキを届けたのは、何か他にもっとやり方無かったんかいと思った笑。

③まとめ

この作品は、色々なレビューを見ていると、「どんでんがえしの作品」とか「ミステリー」とか言われたりしているけど、個人的にそのジャンルはしっくりこなくて、この話は「繋がりの話」だと思った。
辻村深月さんは本当に心理描写が上手だと思う。物語が加速した瞬間に、色々な気持ち流れ込んできた。
スロウハイツに住んでいるのは彼らの人生の中の一時であり、それぞれの人生がスロウハイツで交わった。そこに住む前からも、出会う前からも、それぞれに歴史がある。そしてそれは未来へも繋がっている。
不安定な人たちの優しいストーリーでした😉

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