【読書感想】『バスタブで暮らす』~社会から阻害されたすべての人たちに捧げる傑作小説~

バスタブで暮らす | 書籍 | 小学館 (shogakukan.co.jp)

 本書の著者・四季大雅という作家を、どれくらいの人が知っているだろうか。

 日頃からライトノベルをよく読んでいる、という人には説明は不要だろう。昨年『わたしはあなたの涙になりたい』で小学館ライトノベル大賞を受賞、規格外のクオリティのデビュー作として耳目を集めた。その後『ミリは猫の瞳の中に住んでいる』で電撃小説大賞の金賞を受賞。大手のラノベ新人賞を二つ同時受賞という快挙を成し遂げて、華々しくデビューした。

 そんなずば抜けた才人・四季大雅のデビュー後第一作、それが本書『バスタブで暮らす』だ。

 ブラックな職場で心を病み、実家に戻った主人公・磯原めだかは、実家のバスタブに引きこもる。バスタブで暮らし始めためだかは、やがてVtuberとして世界とつながりはじめる。というのが大雑把なあらすじだ。その後も怒濤の展開が続くのだが、それは読んでのお楽しみ。

 本作品において、「バスタブ」は非常に象徴的な空間だ。社会というその他大勢の「他者」、そして主人公・めだかという「個人」、その狭間に存在する空間として、バスタブは描かれる。

 母親の胎内にも見立てられるバスタブは、やがてめだかが新たな人生の一歩を踏み出す、いわば「生まれ変わり」の場所として機能するのだ。

 個人的には、本書は映画『トイレのピエタ』を思い起こさせた。『トイレのピエタ』では。トイレという閉鎖的空間が、母の胎内に見立てられ、生命の始原にまで遡行して、生命の終わりを優しく包み込む、というイメージがあった。

 一方の『バスタブで暮らす』もまた、バスタブという閉鎖的空間を、母の胎内のメタファーとして描いている点において、類似している。しかし、本作は『トイレのピエタ』とは異なり、これからの生、「もう一度生まれるための」場所として、バスタブという空間が見事に機能している。見事というほかない。

 とはいえ、本書の読後感自体は、実にほんわかとしていて、じんわりと暖かく、心に染みてくる。それはまさに、著者の小説技法の巧みさの賜物だろう。

 多くの人が抱える生きづらさを、柔らかく包み込むような本作は、まさに比類無い傑作だ。

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