小説「エクステリアの園」③
女子高生のマツオカチスズは、近所の市立図書館で椅子に座りながら、今日見つけたばかりの純文学を読んでいた。
自分の場所から見える位置に、熱心に本を探しているおじさんがいる。松岡千鈴はそう思い、ふと、そのおじさんの手元に目をやった。
「日本の庭園について」そんなタイトルの本ばかりが、5冊ほど重ねられていた。
造園に興味があるのかな。そう思い、更に興味をそそられ、おじさんをなんとなく観察する。
しばらくすると、おじさんはスッと歩いて行ってしまった。
松岡千鈴は、5冊も造園に関する書物を借りる人を見たことがなかったからか、その光景がやけに印象に残っていた。
次の日、仲の良い友人とチェーン店のドーナツ屋さんで会った。
「ねぇ、聞いてよ。この前、あそこの市立図書館で造園の本たくさん借りてる人見ちゃった」
友人のタチバナアカリは眉を上げ、不思議そうな顔をした。
「造園?そんなもんに興味ある人がいるのね」
ピンクのチョコレートに白の線と緑の粒がまぶされたドーナツを頬張りながら、橘明里はことも無げにいった。
大きなピンクのイヤリング、金色の髪。さらには、少し焼けた肌。地味な見た目をしている松岡千鈴と正反対なこの友人は、心の深いところで通ずることができる、彼女の貴重な友人の1人であった。
「うーん。それは良いんだけどさ、なんであんなに造園について知りたいのかなって、少し不思議に思ってさ」
「何歳くらいだったの?その人」
「50半ばくらい?髪はパリッと整ってて、清潔感のある服装。あと、キビキビ歩いてったなぁ」
「イケおじじゃん」
橘明里は、そう言ってニヤリと口角を上げた。松岡千鈴は、イケおじって、イケてるおじさんのことかと理解するのに数秒かかり、「そうそう」と相槌を打った。
「まぁ、ちーもさ、よく本とか読んでるよね」
ちー。この友人は、松岡千鈴のことをよくそう呼んだ。松岡千鈴は、それが親しみを込めた呼び方だと思っていたため、その呼び方が少し好きだった。
「うん。本は、なんか好きなんだよね〜」
「あなた、なんていうか感性鋭いじゃん?だからじゃない?」
橘明里はそう言うと、じっと松岡千鈴の目を見つめた。この友人は、態度や言葉遣いこそ派手な感じがするが、人を傷つけるようなことは言わない。そんなところが、2人を結びつける共通点なのかもしれなかった。
「そう…かも」
「ま、本読めるなら頭も良いんだろうね。私と違ってさぁ」
橘明里は再びニヤリと笑うと、松岡千鈴もフフッと吹き出した。
「一緒の高校の同じクラスなのにー?」
松岡千鈴は口元に手を当て、食べているドーナツがこぼれないように気をつけなければいけなかった。
松岡千鈴にとってこの友人との語らいは、心地が良く、笑いが絶えないものであった。
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