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金木犀のオモイデ

台風が過ぎ去った。

暴風雨からガラス窓を守るために、珍しく閉めていた雨戸を開けると、台風一過のまぶしい日差しとともに、私の五感を刺激したものがあった。

金木犀の香り。あの、なんともいえない、甘い香り。

せっかくこんなにいい香りなのに、日本では「トイレの芳香剤」として知られるようになってしまった。木々から香るホンモノの金木犀の香りは、あんなに品のない香りじゃないのに…。

我が家の近所では、今年は10月も半ば近くになって、ようやく開花。いつもの年なら、10月の声を聞くか聞かないかの頃に咲きはじめるはずなのだが。

やっぱり、秋の訪れが遅くなっているんだな。

遅れたとはいえ、秋という心地いい季節の到来を告げてくれたわけだから、金木犀について、なにか書こうと思い、noteを開いた。

ところが、書きたいことが浮かばない…。

自然がいっぱいの地域で生まれ育ったこともあって、私は季節の花や植物は子どもの頃から好きだ。大都会の東京にやってきてからも、「土が見えないところには住めない」と思って、高層マンションなどではなく、公園に近い住宅地に住んでいる。

おかげで、自分ではなにひとつ育てていないのに、こうして季節ごとに咲く花の美しさや、香りの良さの恩恵にあずかっているのである。

そして、季節の花々には、それなりにいつも、思い出がついて回っていた。

春には、あの人と一緒に見に行った夜桜。

夏には、誕生日にもらった向日葵。

秋には、ドライブしながら見に行った秋桜。

冬には、「寒いね」といいながら散歩して見た山茶花。

だけど、なぜか金木犀には、思い出がない。こんなにいい香りの花なのに。

そういえば、ある特定の香りを嗅ぐと、その時のことを思い出す「プルースト効果」というものがあると聞いたことがある。

たとえば、味噌汁の香りを嗅ぐと、実家のことや母親のことを思い出すし、沖縄に住んでいた私の場合には、パイナップルの香りがすると、すぐに沖縄のパイナップル畑のことを思い出す。

つまり、香りは「記憶」と直結しているはず。

それなのに、私には、金木犀の香りに関する「記憶」がない。抜け落ちているという意味ではなく、おそらく、金木犀が咲いている時期には、特定の思い出がないんじゃないか??

…と思って調べてみたら、金木犀が咲いているのは、ほんの一週間ほどらしい。「はかない」の代名詞ともいえる桜ですら、咲きはじめから終わりまで二週間というから、金木犀はもっと「はかない」ということになる。

そうか。だから、思い出がないのか…。

秋の訪れを告げる金木犀の、甘い香り。

今年は、この花が咲いているうちに、なにか思い出ができるはず。できるといいな。いや、きっと、できるさ。


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