【神奈川のこと55】八角の風薫る、午前4時の中華街で(横浜市中区)

こないだ、横浜ユーラシア文化館というところで開催されていた、「横浜中華街160年の軌跡」という企画展を観に行った。

よって、これを書く。

あれはまだ相模大野に住んでいた頃だから、平成10年(1998年)~13年(2001年)の間のはずだ。

いつもの仲間、ひのちゃん、のり、要司、山田のおっさんの5人で、県民ホールに佐野元春のコンサートを観に行った時のこと。

コンサート終了後、県民ホール裏手にある、洋食レストランにみんなで寄った。そこで、ひのちゃんに勧められて初めて、チンザノロックを、飲んだ。

そして、コンサートの熱がなかなか冷めずにいた私たちは、中華街の中にあるカラオケボックスに向かい、「元春縛り」と称して興じ、盛り上がった。

午前3時過ぎ、カラオケ店を出て、空いた小腹を満たすべく中華街を歩くも、街は寝静まっていて、一向に見つからず。

朝が来るまで君を探している気分となった。

やがて、暗闇にポツンと光る店の明かりを見つけた。黄色くぼんやりと、でも力強く光を放つその店に、一行は吸い込まれた。

まずは、喉の渇きを癒すために、瓶ビールを注文。そう、キリンのラガー。結露をまとって運ばれてきた、おなじみのなで肩の瓶は、「美味しく飲んでよ」と言わんばかりに、しゃんと背骨を伸ばしていた。

小さなグラスにお互い注ぎあい、その日何度目かの乾杯。

「く~っ、ひゃ~、あ~」

皆、顔を斜め下に向け、言葉にならない感嘆の声。ああ、たまらない。ザーサイにラー油をチョロとかけ、コリコリとした歯ごたえを堪能しつつ、「まあ、要司」、「まあ、ビリー」とお互い2杯目を注ぎあう。

やがて、注文したチンジャオロース丼がやってきた。

サッとお酢をかけて、フーフーやりながら、レンゲで一口。

うまい。

口内に広がる、八角の香り。甘く切ない、それでいて子宮の中にでもいるような遠い遠い懐かしさを覚える。シャキシャキした食感のピーマンと、歯ざわりの良い竹の子、そして、なまめかしい柔らかさの肉のうまみ。

これまで一度も口にしたことのないほどの、絶妙なうまさ。

ラガーをもう一杯挟んで、更にレンゲで一口。鼻腔を甘く切ない風が抜けていく。

満たされた。午前4時の中華街。

それから半年後のとある土曜日。妻と二人で中華街へ行った。

せっかくだから、あのチンジャオロース丼を食べようと記憶を頼りに店を探す。

ただでさえ中華街は方向感覚を失いやすい。ぐるぐるとさまよった。彷徨った。歩き疲れた。

「あっ、あれだ」。

ようやく見つけた。夢でも幻でもなかったと安心する。

入店し、席につき、迷わずチンジャオロース丼を注文。

昼間なので、ラガーちゃんは無し。水で我慢。

さあさあ、運ばれてきましたよ。甘く切ない、子宮のような懐かしさ、そして、鼻腔を駆け抜ける風薫る一品が。

「これだよ、これ」と言いながら、サッとお酢をかけて、レンゲでゆっくり口に運ぶ。

「あれ?」

「ちょっと違うな」。

別にまずくはない。立派なるチンジャオロース丼なのだ。

ただ、あの時に感じた、様々な形容の賛辞が出てこない。子宮には戻れず、鼻腔を抜ける風は薫らない。

店を出てうつむいた。

妻は、「美味しかったじゃない」と呑気に言っている。

違う、違うんだ。あんなんじゃないんだ。もっと、もっと本当に凄かったのだ。

小さな溜息と共に、中華街を後にした。

今日は父の日。

一緒に住む、今年80歳となる父は最近、二度のワクチン接種を終えた。

だから、一緒に食事をするのだ。

先ほど、近所の生協で、なで肩の瓶ラガーと紹興酒を買った。

妻にはチンジャオロースを作ってほしいと注文した。

うまく行かなくても構わない。






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