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早いうちに色んな経験をするべき理由?

スタンド・バイ・ミー現象と僕が呼んでいるものがあります。
映画「スタンド・バイ・ミー」を幼いときに見た人は、当時その意味や良さがよくわからないことが多いのですが、時間が経って大人になってから見ると、なんとも言えないその「良さ」を後から感じ、大人になってから初めて見た人よりも、深みが増すという現象です。

この現象、やはり味噌になるのは、幼い頃に見ておく、ことです。
過去の時点で一度何かを経験しておくことで、その時見ていた自分が感じていたこと自体が一つの布石となり、大人になってからの経験の「良さ」を増幅させるのです。例としてスタンド・バイ・ミーをあげていますが、もちろんスポーツでも芸術でも何でも成り立つと思っています。

より幅広に考えてみると、幼い頃に布石を打っておけばおくほど、大人になってからの経験を良いものにできる、という事かもしれません。
例えば、昨年コードギアスというロボットアニメが10年ぶりに新作をリリースしたのですが、このアニメ、僕が学生時代にドハマリしていたもので、新作を見たときの感動はひとしおでした。
この感動の中には、たしかに「スタンド・バイ・ミー」要素がありました。
今もし僕がコードギアスを知り、全シリーズをNetflixで見るときのこの新作の価値とは、明らかに違う喜びを感じるのです。
もちろん、そんな「たられば」は厳密にはわかりませんが、やはり喜びの中に、学生時代の当時にハマっていた思い出効果のような何かが、根幹にはあることは事実です。

一方、そうだとすると、仮に幼い頃にスタンド・バイ・ミー要素が多い人と、そうでない人がいたときに、大人になったときのある経験や感動の大きさは違うのでしょうか?
もう少し言い換えると、なるべく子どもの頃にいろんな経験をしておいて、布石を打っておいたほうが、後の人生が彩り豊かに感じられるのでしょうか?
「たられば」を比較できないし、人それぞれの感じ方を比較することは出来ないのですが、それでも、個人的には、YESのような気がするのです。

さらにもう少し考えを広げてみると、「子供の頃」と「大人になってから」ではなく、「今」と「20年後」で考えても同じことが言えるのでしょうか?
今なにかにハマっているとして、それは20年後の自分にとって「スタンド・バイ・ミー現象」を生むのでしょうか。そしてそれは、子供の頃にうっておいた布石と比べて、小さいのでしょうか?

もちろん答えがあるわけではないのですが、皆さんはどう思いますか?
一般に思い出効果と言われることと似ていますが、将来の自分に向けて、それを意図的に用意できるのだとしたら、「タイムカプセル」を用意できるのだとしたら、少し面白いかもしれません。

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