見出し画像

メンタルヘルス教育

病院に勤務していた頃は、周りは専門職か患者さんで、精神疾患についてよく知らない人たちと接する機会がほとんどありませんでした。

退職後に、地域でいろいろな人と出会う時、自己紹介で「以前は精神科で仕事をしていました」と言うと「ふ~ん」とスルーされる場合と、すごく興味を持って、あれこれ質問される場合と二極化している印象があります。

後者(あれこれ聞く人)は身近に精神疾患がある人がいるとか、友人で自死した人がいるとか、仕事や職場で精神疾患がある人と接する機会があるとか、そんな人が多いようです。

いろいろと質問される中でも、よく聞かれるのが「精神疾患って遺伝するの?」という質問です。
質問というよりは「精神疾患って遺伝するんだよね?」という確認のような文言が多い気がします。

で、こういう時、私には専門家としての答えが求められるのですが、少し困ってしまいます。というのも、相手の質問の意図がよく分からないというか、どこまでの説明を求めて発した質問かが分からないからです。

正確に遺伝かどうかの情報がほしいのか、それとも話の流れ上、何か質問したほうがいいと思って(大した興味もないのに)聞いているのか…そのあたりがよく分からない。
私は専門家だし、何ならそこについては正しく知ってほしいので、ちゃんとした説明が必要ならいくらでもしゃべれるのだけど、「いやそこまで真剣に聞いたわけちゃうねん」と相手に引かれてしまう可能性も無きにしも非ず、で、いつも困ってしまうのです。

そもそも遺伝とは

専門家だと、こういう定義からちゃんと話したくなってしまうんですよね、いやはや困ったもんです。「遺伝か?」と聞かれると、双子研究の話なんかを持ち出したりして。
双子研究というのは一卵性双生児のようにDNA型が一致している二人を、わざわざ別の環境で育てて、それでも同じ疾患を発病した時、初めて100%の遺伝と認定されるわけです(だいぶ説明を端折ってますけど)。
つまり、外的要因に左右されず、その遺伝子(DNA配列)を持っていれば間違いなく発症する、これを遺伝というんですね。

で、精神疾患にもいろいろ種類があって、それぞれに双子研究がなされているわけですが、それは双子以外の兄弟の発症率と比べると数値は高いのですが、100%一致には到底及ばない程度の確率なのです。
そういうわけで「遺伝するんやろ?」と聞かれると、「正確には遺伝じゃないけどね」という尋ねた相手からすればよく分からない返答になりがちです。

なりやすさの遺伝

そんなわけで、言葉に窮してしまうのですが、ここでめげていてはメンタルヘルスの啓蒙にならないので、私も頑張って言葉にしていこうと思うわけです。
そこでよく引き合いに出すのが「なりやすさの遺伝」の話です。
たとえば糖尿病などは、両親のどちらかが糖尿病だとリスクが高くなるといった点で、初めて行く医療機関の問診票に「ご家族で〇〇の診断を受けた人はいますか?」的な項目に入っているんですね。ほかにも「ガン」なども項目に入っています。

この糖尿病やガンも遺伝かといわれると、100%遺伝するわけではないので“遺伝病”には認定されていません。両親のうちどちらかが糖尿病でも、糖尿病を発症しないまま一生を終える人もけっこういます。ただ「なりやすさ」という体質は遺伝するので、問診票に書いたり、ご自身で気を付けたりしないといけない、という話なのです。

「糖尿病になりやすい体質×甘いものをたくさん摂取する食生活」が糖尿病の発症リスクであるのと同じで、「精神疾患になりやすい体質×ストレスがたくさんかかる生活」となると、発症リスクが高まるというわけなのです。

糖尿病にはインスリンの分泌が大きく関わっていますが、精神疾患の場合は脳内の代謝物質のバランスの問題だといわれてます。糖尿病家系の人がインスリン分泌のバランスを崩しやすかったりするように、精神疾患家系の人は自律神経が乱れやすかったり、乱れからのリカバリーに時間がかかったり、脳内の代謝物質のバランスを崩しやすかったりするというわけです。

糖尿病家系だからといって、糖分を摂取せずに生きることが難しいように、精神疾患家系だからといって、ストレスと無縁な生活を送るのは難しいです。成長するためには適度なストレスも必要だからです。
けれど、生まれや育ち、周囲の環境などで、ストレスのあまりかからない生活をしている(あるいはストレスがかかったとしても、周囲が助けてくれる)としたら、「なりやすさ」は顕在化せず、発症することなく人生を終えることになるでしょう。

それが相手の望んでいる答えなのかどうか

とまあ、遺伝かどうかを尋ねられると、これくらいのことを説明しないといけなくなるのですが、こんな説明、なかなか聞いてもらえませんよね。長々としゃべった挙句に「で、結局、遺伝なん?」と聞かれかねません。
「やっぱり遺伝なんやね」と言われても、なんだかうまく伝わっていないような気がして、困ってしまうのです。

「親が罹患している人としていない人を比べると〇倍高いというだけで、遺伝ではないよ」というのがシンプルな答えですが、この〇倍高いという表現もリアリティに欠けるので、何だか分かったような、分からんような表現ですよね。

そんなこんなで答えに窮してしまうのですが、ここに私が書いていることくらい、ネットで調べればすぐに出てくることばかりです。でも、多くの人はそれ(ネット検索)をしないで私に質問してくるので、もしかすると、本当に知りたいわけではないのかもしれません(文章を書いていて、だんだんそういう気持ちになってきました)。

でも、これからは市井の人々にメンタルヘルスのことを正しく知ってほしいと思っているので、私もまだまだ説明修行を積まないといけませんね。
がんばろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?