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それ見たことか!

きょうの父の日は、例年以上にメモリアルな日だった。
なぜならば、娘がはじめて自転車に乗れたからだ。

タイミングを逃して小学1年生になる今まで、自転車に乗せてこなかった。
かろうじて3歳のときに買った補助輪付きは家にあるものの、身長と合わずほとんど乗っていなかった。

祖母の粋なはからいで、はじめての自転車屋に来たのが昼すぎ。
すでに20インチ、22インチどちらにしようかというくらいのからだの大きさで、買い替えのタイミングだと間違えられるが、はじめての自転車だと店員さんに伝える。

店員さんは、少し驚きつつそれならば軽い方がいいですよと、安くて、前かごのないシンプルで店内最安値の自転車を提案してくれた。

すでに7歳。
自我は思いつきのめばえから、固い意志へと変わっている今日この頃。
娘は大人たちの誘い文句を丁重にかわしながら、自分がこれと決めた水色の自転車にまたがり、床に根を張っている。

1万円以上も高い薄紫。
店員さんは「重たいですよ。」「初めのうちは前かごが転んだ時に曲がってしまいますよ」とネガティブキャンペーンをしている。

わたしは、その商売っ気のなさにちょっと異様さを感じていた。
ビジネス的にも1万円以上も高い自転車を買うかと心している祖母、父を前になぜそれを推しつづけるのか。

なによりも娘の意志が固い。
わたしは、「娘が気に入っていない自転車だと練習しないのでは」と言った。
店員さんも「最後は、デザインで決めてもいいですよ」と折れた。

最後は、買うためにわざわざ実家から出てきた祖母の一存にゆだねられた。

初孫の「これがいい!」をくつがえせる祖父母はいない。

娘 is Queen. 

店内を足で床を蹴りながら2周まわった、水色をまんまと自分のものとした。(ありがとう、ばあば)

展示品をそのまま車につめて近くの公園へ行く。

きっと、初めは派手に転ぶだろう。そして膝をすりむいて、もう嫌だというだろう。
わたしは気長に頑張ろうと決めていた。
わたしはそれを予知して、ご機嫌取りのジュースをかばんに忍ばせていた。
よりによって、今日は30度近い気温だ。コンディション最悪。

当の娘はお気に入りの水色を意気揚々と押して入場だ。
早速練習開始。
案の定、ひとこぎが難しい。
右足を踏み込んでは、右に傾いて両足をつく。

店員さんの言うように20インチのおしゃれボディは少し重たい。
サドルを倒れないように支えてあげようにも腕が持っていかれる。今ごろ彼は「それ見たことか!」と思っているに違いない。

しかし、きょうは何かが違った。
いつもだったら、すぐにあきらめる娘が暑さで顔を真っ赤にしながら、何度も何度も自転車をこごうと頑張る。

祖母と父と娘の思いが一つになった。

ふらついて足をついても、すぐに両足をペダルに載せる。
祖母は、「遠くを見て、とにかくペダルを漕いで!」と声をかける。
何を隠そう祖母は、自転車通勤歴40年近い超ベテランライダーなのだ。

その声援にこたえて娘は一生懸命に前を向いてペダルをこぐ。

なんてことだろう。

30分もしないうちに娘はまっすぐにこいでいる。
1時間もしないうちに公園の木立のまわりをぐるりと足を下ろさずに回れるようになった。

きょうはじめて補助なし自転車にまたがったはずなのに、乗っている!
父は感動のあまり動画を撮るのに必死で娘を支えることも忘れる。

それでもたしかに一人で乗れている。

そのとき、祖母も、父も、娘も思っただろう「それ見たことか!」と。

公園からの帰り道、調子に乗って、側溝に落ちて派手に垣根に体ごと突っ込んで膝をすりむいたが、もう何も心配はいらなかった。

娘の顔は自信に満ちていた。そして何事もなかったかのようにまた自転車にまたがった。

きょうは、娘が自転車に乗れた記念日。

都会で実践できる農ライフ、読書、ドイツ語、家族などについて「なぜかちょっと気になる」駄文・散文を書いています。お読みいただき、あなたの中に新しい何かが芽生えたら、その芽に水をやるつもりでスキ、コメント、ほんの少しのサポートいただけると嬉しいです。