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心の平安を失った時に思い出したい聖書の言葉

人生に困難はつきものであり、なかなか計算通りに行かないものです。

心は安心と平安を求めていても、人間関係、将来への不安、ストレス、孤独、失敗への恐れ、など、さまざまなことで思い煩い、悩み苦しんで、心の平静を失ってしまうことがあります。

そんな時に思い出したいのは、神は「愛と平和の神」であること(2コリント13:11)、そして人間は心の平和がないまま苦しみながら生きるように創造されたわけではないということです。

神やキリストが与える平安・平和について、聖書に多く書かれているのは、私たちが平安への道を見いだせるよう、神が願っておられるからです。


「わたしの平安」

わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。

(ヨハネ14:27)

これは、イエスが十字架にかけられる少し前に、弟子たちに語られた言葉です。

世が与える平安とは、満足できる状況や環境にある時に得られるものです。

たとえば、畑が豊作だったので新しく大きな倉を建て、「たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ」と言った金持ちが持っていたような平安です。(ルカ12:15-21

しかし、イエスが与える「わたしの平安」は、状況にも環境にも左右されません。

荒野で悪魔から誘惑を受けた時も、嵐の中で舟が沈みそうだった時も、敵からしつこく非難された時も、イエスは常に平安のうちにおられました。

キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。

(コロサイ3:15)

私たちの心がキリストの平安・平和によって支配される時、不安や恐れなどのネガティブな感情によって支配されることはありません。

この平安は「御霊の実」の一つであり(ガラテヤ5:22)、神を愛して信頼し、聖霊に助けていただきながら、培っていくものです。

イエスは、さらに弟子たちにこう言われました。

これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。

(ヨハネ16:33)

「なやみ」と訳されたギリシャ語は「圧迫」を意味しており、「苦しみ」「苦難」「患難」などとも訳されています。

イエスも多くの苦難を経験しましたが、そのすべてに打ち勝たれました。

そして、私たちもキリストの平安によって、すべての「圧迫」に勝つことができるよう助けてくださるのです。

神の平安を得る秘訣

あなたは神と和らいで、平安を得るがよい。そうすれば幸福があなたに来るでしょう。

(ヨブ22:21)

私たちを愛してやまない「愛と平和の神」と正しい関係にあり、心から神を信頼していることが、この平安を得るための第一の秘訣であり、それに関連して、以下のような点があげられます。

【感謝と祈り】何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

(ピリピ4:6-7)

【望みの神への信仰】どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。

(ローマ15:13)

【御言葉を愛し実践すること】あなたのおきてを愛する者には大いなる平安があり、 何ものも彼らをつまずかすことはできません。

(詩篇119:165)

【神とイエスを深く知ること】神とわたしたちの主イエスとを知ることによって、恵みと平安とが、あなたがたに豊かに加わるように。

(2ペテロ1:2)

【神への固い信頼】あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。

(イザヤ26:3)

26章1節には、城壁と塁で守られた堅固な町が出てきますが、私たちの心は神に信頼することによって堅固にされ、平安のうちに守られます。

皆さんの心が、今日、そして毎日、主イエスの平安によって祝福されますように。

主はその民に力を与え、 平安をもってその民を祝福されるであろう。

(詩篇29:11)



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