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バーラット急行

インドでの列車の旅が好きである。オープンエアーの窓、閉まらないドア。インドの熱気と匂いがそのまま外から列車の中に流れ込んでくる。大きな駅は踏み入れただけでゾクゾクとさせる。街中にいる人々と駅にいる人々は全くと言っていいほど違う人々な気がする。駅の中にいる人々は焦りや緊張感、喜びやワクワク感がそのまんま伝わってくる。旅行に行くもの、誰かを待っているもの、お別れをしているもの。そして多くがなかなか来ない列車を待っている。

 デリー発で南インドの大きな街。チェンナイに向かったことがある。首都デリーの喧騒はたくさんのスパイスを入れたような複雑なカレーの匂いがする。デリーの郊外を抜け、広大なインドが見えてくる。乾いた大地、農地で働く人々、大きな川、薄緑色の山々や赤茶色な土がむき出しな景色を通るたびに外から流れ入ってくる匂いは変わってくる。都会から離れると少ない数のスパイスを使った田舎の家庭料理の匂いがする。小さな街はシンプルだけど少し趣向を凝らしたカレーの匂いがする。人が増え、建物が増え、ガヤガヤとした街並みが見えてくるとスパイスや具材が複雑になり窓から流れ入ってくる匂いは重厚感あるカレーの匂いがする。同じ都会でもその街によって匂いは違う。デリーの匂い、アグラの匂い、ナグプールの匂いを通りタミルナドゥ州に入ってくる。ギーと深みのあるスパイスが何重にも重なった香りがするデリー近郊からシンプルなスパイス使いに変わり、ごま油の香りやココナッツオイルの香りとフレッシュなハーブやナッツのような香ばしい香りが窓から流れ込んでくる。マスタードシードがはじけたような香りが漂ってくるとチェンナイはもう直ぐである。大体が二日間ぐらいの旅程であるが、私が乗った列車は約60時間かかってチェンナイに到着した。

 インドで一番長いルートの列車はアッサムからインド最南端のカニャクマリまで行く列車であるらしく、所要時間は約80時間、距離は約4300キロメートルだそうだ。東北インド、バングラデシュ、ベンガルを通って南インドに行く。その道すがら車窓から入ってくる様々な香りはどんな風に変わってくるのであろうか。

 そんな車窓の香りを妄想していたら列車の旅をしながらインド全土の料理を食べてみたくなった。バーラット急行( BHARAT express)。インドには28の州と8つの連邦直轄領がある。それぞれの料理や風習、文化、言葉、歴史を知りながらそれぞれの美味しい料理が食べられる。車窓から観れるそれぞれの景色を眺めながら。

 インド全土を旅した後は近隣諸国をも結ぶ急行列車になって世界中をバーラット急行で旅するのも楽しい。その昔ロンドン発インド行きのバスがあったように世界中にスパイスと言う線路をつなげていきたいものだ。

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