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君の影を探して

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君の影を探して 晩春

君の影を探して 晩春

 晩春。夏を間近に感じる、太陽の光と、暑さとを含んだ暖かな風が吹いている。桜の花弁は、甘い香りと共に風に乗って山里へと降りてくる。時にひらりひらりと舞い降りて、アスファルトの上を風と一緒に歩き回る。散歩をする私を追い越し、春の終わりへと先導するかのように、その薄桃色の小さく儚い姿は、いつかの君のようだった。

 はて、“君”とは誰のことだろう。思い出せるかどうかも怪しい、遠い記憶のことなのか。はた

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君の影を探して 初夏

君の影を探して 初夏

 日に日に空からの照る光が強まり、新緑はその身にたくさんの光を浴びながら、地へと影を落として木陰を作っていた。
 山の中を歩く。何故ここへ?
 それは“君”がここにいるんだと、僕は感じているからだ。奔放な“君”のことだ。僕がどこを歩いてもひょいと物の陰から現れて、僕を驚かそうとする。今回もきっとそうだ。歩けば必ず“君”は現れる。
 柳緑の溢れる山道を一人歩く。桜は、春風にさらわれた花弁との別れを哀

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君の影を探して 晩冬

君の影を探して 晩冬

 冬の君は静かに笑う寒椿。
 枯れ野見なぞ誰がするものかと思うたが、君がそこにいるとなれば話は別であった。
 冷ゆる天地。晩冬を迎え、厚い布団を抱えた空に光芒を見る。辺りの山々が眠る中、僕は山間の集落の外れにある人気の全く無い、冬木立に囲まれた茅場に足を踏み入れた。穂の薄くなったススキの群れが、吹く風に微かに音を立てながら揺れ動いている。
「今日はあの子が来るよ」
「いやいや、あの子ならもうそこに

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