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君の影を探して 晩冬

 冬の君は静かに笑う寒椿。
 枯れ野見なぞ誰がするものかと思うたが、君がそこにいるとなれば話は別であった。
 冷ゆる天地。晩冬を迎え、厚い布団を抱えた空に光芒こうぼうを見る。辺りの山々が眠る中、僕は山間の集落の外れにある人気の全く無い、冬木立に囲まれた茅場かやばに足を踏み入れた。穂の薄くなったススキの群れが、吹く風に微かに音を立てながら揺れ動いている。
「今日はあの子が来るよ」
「いやいや、あの子ならもうそこにいるよ」
 強い風が吹いているからだろうか。そう聴こえたのは目の前にあった数本のススキからであった。すると突然、空から光が降ってきた。厚い雲の間から陽の光が茅場へと入り込んできたのである。そしてその瞬間に、僕は見つけた。
 茅場から少し下った所に一本の木が生えているのが見える。たくさんの赤い花がさしているようにみえるが、一体何の木であろうかと考えてはみたものの、冬に咲く花を、僕は一つしか知らなかった。きっと椿だろう。すると今度は、その木のほうから歌が聴こえてきた。

 春を待つ 色る袖に 雪は降り
 やれめでたやと 茅の穂は伸ぶ

 童歌のような調子で“君”は唄う。繰り返し、繰り返し唄う声、それを聴いて、君はやっぱりここにいたんだと分かり、僕は安堵した。

 枯れ野見に いでて我が身を 見つくれば
 眠る閑地かんちつの花咲く

 ふと気付けば小さな雪片せっぺんが降り始めていた。小さいといえど、積もれば二十センチはするかもしれぬと考えられる程の密度で降っている。僕は唄う君の姿を見つけようとしたが、人の気も知らずふわふわと降る雪の間にその姿を見つけることは出来なかった。ただ、ぼとり、と何かが落ちた音が聴こえただけであった。

 僕は勘違いをしていた。冬には君は眠っているものだと思っていたのだ。実際には、君はそこにいた。それも歌を唄っていた。しかし、それにしても、良かった。一陽来復いちようらいふくを過ごした一方でいんが更に増す寒の入りの時期に、君の存在に気づくことが出来た。故人の詩をふと思い出す。

 雪月花の時に最も君をおも

 朽ち葉の上に積もった雪が月の明かりに満たされていた。冬の大三角が燦然さんぜんと輝き、白や青、橙色の星々が散りばめられた空を仰ぐ。夜の空の傾きから、春の星々が袖幕そでまくにまで上がってきているのがなんとなく分かる。あとひと月もすれば、立春を迎える。そうしたらまた君を探しに野山を駆け巡ろう。そう思いつ、積もった雪を思い切り蹴飛ばして、再び地に落つ手前の、素雪そせつの輝きを目に焼き付けた。

 拝啓 冬の君
 冬の君はとても素敵でした。雪は君のようなもので、現れては掌の上で消えていく。君は奔放ほんぽうであるから、川の流れていくようにその場に長く留まりはしない。そんな君を追いかける楽しさがやっと分かってきた。君よ、その足裏に墨汁ぼくじゅうをつけ、行く先々に足跡を残したまえ。踊る体を風に、目の輝きは星に、手は草花に触れて、いつもにこにこと楽しそうにしている君。君からの便りを待っている。否、探しに行く。次は大寒を過ぎ、もう少し暖かくなってから会いに行く。寒の入り、ご自愛ください。愛しています。
敬具

 雪の日に くろしろかと 比べては
 その手に余る 文房四宝ぶんぼうしほう

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