ブリキのきこり
ブリキのきこりは森の中でさびついて動けなくなっている。
心臓(ハート)を失っている。
彼が心臓を失ったいきさつはこうだ。
きこりは、かつて人間で、女の子に恋をした。女の子はきこりに、立派な家を建てられるだけのお金を稼いだら結婚してもいいという。しかし女の子のおばあさんは、女の子ときこりを結婚させたくなかったため、東の悪い魔女に頼んでふたりの邪魔をする。東の悪い魔女は、きこりの斧に呪いをかける。きこりは熱心に仕事している最中、呪いのため、誤って自分の左足を斧で切り落とす。愛のために働かなければならないきこりは、ブリキ職人に足をつくってもらう。その後、呪われた斧で右足を切り落とし、両腕を切り落とし、頭を切り落としても、身体のパーツをブリキに交換して働きつづける。しかし、最後に自分の胴体を真っ二つにし、胴体をブリキにおきかえたとき、心臓を失い、女の子を愛する気持ちも失う。
こんにちは。仙台の真田鰯です。
冒頭の文章は、『オズの魔法使い』の登場人物、ブリキのきこりが全身ブリキになり、心臓(ハート)を求めている理由についての話です。
今回は、愛ゆえに、というより、愛し合っているからこそハートを失うこともあると感じた親子関係についての話です。
3日間の演劇ワークショップだった。シアターゲーム等を行いながら、最終日に子どもたち自身が作った演劇作品の発表まで行うことになっていた。
Rは小学校3年生。参加者の親たちは、演劇人であることが多く、Rの母親も女優だった。そして女優の娘だからなのだろうか、Rはあらかじめ気迫がすごかった。相手が年上でも、理屈ではなく、意志の強さと気迫だけで自分の意見を押し通すことができた。
そして、彼女自身の夢もまた、女優だった。
Rは、休み時間いつも図書室で本を読んでいると言っていた。
私も子どものころから本を読むのは好きだったが、とはいえ休み時間にはサッカーボールを抱えて校庭へかけていき、どこまでも青く晴れわたる空の下、放物線を描いて飛んでいくボールが二宮金次郎の首をへし折った。職員室に呼び出された。めっちゃ怒られた。というのが標準的な小学生の思い出だと思っていたために、なんだかちょっと寂しいような気がした。
「宝物の絵を描く」という課題でRが描いたのは「おかあさん」だった。
「宝物はおかあさん」そう語るRの表情は、水底のようにしんと静まりかえっている。
小学校3年生という年齢で、親の価値観から離れるのは難しい。そして、親の期待を無視して生きるのも難しい。良い子であればあるほど。
親が期待する姿と、自分の夢の区別。
親が考えていることと、自分自身が考えていることの区別。
「宝物のある地図を書く」という課題で、Rは森の奥の家の前に、さびついて動けなくなったブリキのきこりを描く。
「心をなくして、ずーっとここで固まっているの」
自分の描いた絵を見つめながら彼女は語る。
しかし、彼女のブリキのきこりは、発表する作品には採用されなかった。
「こんな小さな役じゃおかあさんに見せられない」
最終日。発表の直前に、彼女は泣く。
「今日はおかあさんも来るのに、こんな役じゃ見せられない」
そういって彼女は泣く。
この世界のどこかに、東の悪い魔女がいる。
母親は娘を愛しているし、娘も母親を愛している。
それだけのことなのに、悪い魔女は呪いをかける。
呪われた斧をふるい、自分の右足を切り落とし、左足を切り落とし、腕も頭も、いつか心をも失い、動けなくなるまで頑張りつづけることがある。
愛しているがゆえに。
結局Rは自分の役を演じ切った。
誰よりも輝きながら。
役の大小は知らないが、誰よりも輝いていた。
ブリキだなんてとんでもない。
君はとてもピカピカしていた。
帰り際に、Rに呼び止められる。
「おかあさん、みてて!イワシめっちゃ面白いんだよ!イワシあれやって!」
面白いからやれとせがむのは、Rのおかあさんが激怒したときのものまねだ。ちなみに、見たこともないのにマネているので似ているはずなどない。が、めっちゃ似てて面白いらしい。てか、自分のおかあさん、めっちゃ怖いという前情報をよこしながら、本人の目の前でものまねさせるとか、さすが小学生である。
「なにやっとんじゃゴラアアアア!!!!」
Rは腹を抱えて笑い転げている。似てるらしい。
おかあさんの白い目が怖い…。
「もういっかい、もういっかい」
「なにやっとんじゃゴラアアアアア!!!!!」
Rはひとりで笑っている。
私はひとつも笑えない。
おかあさん、若造の救いがたい三文芝居をどうか白い目で見守ってください。
そしてご希望とあらば、この三文芝居、いつまでも続けよう。
いつか君の夢が、君自身のものになって、自分の手でつかむまで。
真田鰯の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me0d65267d180
読んでくださり、ありがとうございます。 このnoteの詳細や書き手の紹介はこちらから。 https://note.com/beyond_it_all/n/n8b56f8f9b69b これからもこのnoteを読みたいなと思ってくださっていたら、ぜひサポートをお願いします。