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いつだってきっと可能性は開かれている

 先月末に、岡山市の上之町會舘で開催した地域の若手演劇人とつくる『かもめ』が無事に終了した。大学2年生から今年社会人1年目のメンバーが中心。島根で教員になった、参加3年目の伊藤圭祐くんが演出を担当し、古典に取り組みたいとチェーホフの『かもめ』を選んでくれた。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、伊藤くんがオンラインでの参加となったので、現場はわたしが仕切りながら創作を進めた。稽古期間も短くなったけれど、上之町會舘の2階ホールは、宿泊はNGなのに稽古なら24時間OKという環境のため、本番前の一週間は本当に朝から深夜まで連日稽古した。学生たちは元気だなぁと思いながら、わたしは正直へとへとになったけど、熱意のある彼らをサポートするのはやりがいがあった。


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 伊藤演出の『かもめ』では、登場人物を女優を夢見るニーナ、作家志望のトレープレフ、彼の母で女優のアルカージナ、その愛人で有名作家のトリゴーリンの4人に絞り、夢と現実、大人と子どもの間で葛藤する若者の内面をニーナとトレープレフをそれぞれ対照的な2名で演じることで表現した。

大学生の長谷川千花さんと多田百百音さん、藤谷奏汰くんは、同じシーンを何度も何度も繰り返して特訓状態だったけれど、彼らが納得するまで取り組むことが結果よりも大事な気がして、本人たちの意思に任せた。

まだまだ伸びしろはあるけれど『かもめ』という作品に向き合い、彼らがやりたいことを切実さを持って観客に伝えることができたのではないかと思う。


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 2019年に岡山大学演劇部と共催した『水曜日のイソップ』、昨年の大学生とつくる『ロミオとジュリエット』(新型コロナウイルス感染拡大を受けて映像作品として創作)、『かもめ』と3年間続けてきた若手育成のための創作企画は今回で一区切りとなる。

活動にご協力いただいた方々、特に俳優の仲谷智邦さん、小菅紘史さん、三村真澄さん、コーポリアルマイムアーティストの巣山賢太郎さんには本当に感謝。

3年間参加してくれた、伊藤くんと大森孝介くんには、これからは「大学生」や「若手」とはもう前置きしないけれど「大人」として一緒に創作しましょうと声をかけた。


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 この企画が始まる前、あるワークショップを開催した時に、印象に残ったことがある。ほとんどが社会人の中に女子大学生が参加してくれていた。打ち上げで、就職の決まっていた彼女の「社会人になっても演劇したいです」との言葉に「ぜひ続けてね」とわたしが返した途端、同席していた大人たちから「職場に迷惑をかけてはいけないから、しばらくは演劇をしない方がいい」「子育てを全うしてからやるべきだよ」といった声が上がった。親心からのアドバイスだったのだろうけど、それを納得したように聞いている彼女の姿を見ながら、わたし自身が窮屈さを感じたし、なんだかちょっと悲しかった。


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 一般的に成功していると評価されることよりも、自分のやりたいことを納得できるまでやることが「勝ち」なのではないかとわたしは考えている。その根底にあるのは、子どもの時の体験。

小学校一年生の時に、父の弟である叔父を亡くした。叔父は、東大を主席で卒業後にM重工業に就職、昇進も速かったけれど、ストレスが酷かったようだ。自分では喫煙しないのに、肺ガンになり30代前半で幼い2人の娘たちを残して亡くなった。大きな寺で社葬が盛大に行われた。お通夜では、叔父の遺体と悲しんでいる両親がぽつんと取り残されている横で、宴会が大盛り上がりだったと聞いている。

わたしが忘れられないのは、葬儀中に後ろを振り返ると、会場に入りきらなかった社員たちが外にずらりと並んでいる光景。誰も悲しんでいるようには見えず、一人の人間のかけがえのない人生が終わっただなんて信じられなかった。子ども心にも違和感は残り続け、叔父は幸せだったのだろうかと考えることがあった。

そんなこともあってか、わたしの両親は「やりたいことをやりなさい」という感じで「勉強しろ」とは言わなかった。大学を卒業した時、何の根拠もなかったのに演劇を続けるからと就職しなかった。社会のレールから外れたらしいことに後から気づいたけど、解放されたような清々しさを感じたのを覚えている。


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 わたしたちは、周りにいる大人たちをロールモデルにして成長していく。だから、多様な価値観の大人に出会うことが、若い人たちの可能性を広げることに繋がる。

また、実際にはここにいないけれど、さまざまな人の生き方や選択に触れる機会を演劇は与えてくれる。価値観の違う他者を理解し難いと思うことはあるけれど、その存在を認めることが「この生き方しかない」という考えから自分自身を解き放ち、生きやすくすることになる。

演劇を始めたばかりの20代の頃、演劇に必要なものは才能かと思っていたけれど、今は続けていく能力だと思う。自分自身が楽しみ続けるために、変化していくこと。それは、演劇以外の仕事でも同じかもしれない。


企画に参加してくれた若手たちがそれぞれの場所で演劇を続けていってくれたらうれしい。東京に出てプロになってほしいとは必ずしも思っていないけれど、可能性はあらゆる方向に開かれていることに気づいてほしい。もし途中で目標が変わっていったとしても、何かに打ち込んできた経験はきっとその後の道標となり、長い目で見れば決して失敗ではない。それは、わたしたち大人だってきっとそうなんだと思う。


米谷よう子


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