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小さくとも「美味いもの」が食べられる場所をつくり続ける

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、今月21・22日に岡山市の上之町會舘で開催予定の地域の若手演劇人とつくる『かもめ』公演の内容を一部変更することになり、ここ数日間対応に追われている。

移動の自粛要請が出されたことから、島根在住の若手の演出家 伊藤圭祐くんがオンラインでの参加になるなど、稽古期間を短くせざるを得なくなった。この状況下でも、大学生を含む若手の創作・発表する機会を確保するために、公演の規模を縮小し、客席の定員を減らし、夜公演を前倒し、チケット代を下げることにした。

 ふとテレビを見ると、オリンピック情報と感染者数が過去最多になったとのニュースが並列に流れてきて、この状況をどう受け止めたらよいのか混乱する。わたしたちが振り回されているのは、もはや新型コロナウイルスそのものではなく、政治などの社会情勢なのだろう。


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 「演劇は政治力だ」演劇を始めた大学時代から、幾度となく聞いてきた言葉。実際にそうした面があることは理解はしているし、演劇を活性化させるために公共劇場や予算はあった方がいい。けれど、どこか全面的に肯定することができない気持ちが私にはあった。

 最近、岡山でも2023年に新しく開館する市民会館のことや、その予算を握る市長選挙のことが話題になっている。芸術監督が置かれないことを知って残念に思ったが、立派な劇場と権威のある芸術監督と潤沢な資金がなければ地域の演劇が活性化できないというのは本質ではないはずだ。誰が選挙に勝ったとしても、情勢に左右されず活動を続けていく個人の力が、私は大切だと感じている。


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 3年前に「わたしと演劇とその周辺」にも寄稿している先輩の小菅紘史さんを岡山に呼び、公演とワークショップを成立させるために、どこまで削れるか、一緒に挑戦してもらったことがある。内容は、一人芝居『山月記』と子ども向けのお芝居『サーカスのライオン』、ワークショップ「言葉とカラダの運び方」。スタッフはわたし1名だけ。

『山月記』は、大正期に建てられた文化財でもある岡山禁酒會館の中庭の舞台で、最低限の照明だけを使い上演。人間を人間たらしめているものが、人間を獣にする。俳優の身体から発せられる孤独なエネルギーが街の喧騒の中に際立ち、その空間だけが浮かび上がるような感覚があった。

 立派な舞台がなくとも、躍動する俳優の身体が一つあれば、そこは劇場になるということに、私自身が励まされたし、楽しかった。


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 地域の若手演劇人とつくる『かもめ』の関連企画で、7月31日・8月1日には、禁酒會館で創作勉強会と発表を行った。ご指導いただいたのは、大阪で舞台芸術学校を設立したコーポリアルマイムユニットtarinainanika主宰の巣山賢太郎さん。

身体、空間の使い方などコーポリアルマイムの創作手法のレクチャーを受けた後、演出家をリーダーに2組に分かれ、チェーホフの『かもめ』を題材にシーンを創作。演出を担当した伊藤圭祐くんと三島知幸くんは、若手育成企画に3年目の参加。古典の登場人物に自分たちの切実さを重ね合わせ、表現したいことを具現化しようとする姿に成長が見られ、うれしかった。

印象的だった巣山さんから創作する人たちに向けてのアドバイス。

「芸術は、ルールがなく自由だ。答えのないところに自分なりの納得する答えを見出そうとする行為の結果が、作品として表れる。その姿勢を見せることがアーティストとして大切。個人の中に持っているものをどこまで掘り下げられるか、自分の信念や思想、魂の震えをみせなければならない。」


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 私が研修生をしていた劇団山の手事情社の主宰である安田さんの言葉を思い出す。「よい料理人になるためには、美味いものをたくさん食べなくてはいけない」

東京と比べ、ほとんどの地方で、多様な舞台に触れる機会が圧倒的に少ない状況がある。決して生きやすくはない時代に、演劇は心の栄養として食事のように生きていく上で必要なものではないかと考えている。

わたしにできることは、小さくとも「美味いもの」を食べられる場所をつくることなんだろう。

岡山の実家に帰ったら、学習塾の教室として使っていた部屋を片付けよう。いつでも稽古がきるように。人が集まるために作られた場所、亡くなった父も許してくれるのではないかと思っている。


米谷よう子


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地域の若手演劇人とつくる『かもめ』については、こちらをご覧ください。facebook.com/theatreouvert

小菅紘史さんの記事はこちらからhttps://note.com/beyond_it_all/m/m1775a83400f9

巣山賢太郎さんが主宰するtarinainanikaと舞台芸術学校 https://www.tarinainanika.com

安田さんが主宰の劇団山の手事情社 https://www.yamanote-j.org



米谷よう子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me1e12a71d670


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