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秘密の知識

前回は「A Walk in the Woods」の創作1年目、2年目について書きました。今回はその3年目について。このテーマで書く最終回です。
前回の記事はこちら↓

「A Walk in the Woods」に取り組み始めて2年目、上田の劇場と軽井沢の野外で上演した後、僕たちにとても有難い提案が舞い込んできました。

「まつもと市民芸術館で上演してみませんか?」

まつもと市民芸術館は僕たちの演劇活動の拠点。
もちろん喜んでお受けし、上演のスケジュールは2021年の3月ということに決まりました。

さて、どうしよう。
この作品を更に成長させるには。

松本での上演の話をいただいたのが、2020年の8月だったので、本番までの猶予はわずか半年。
「人を巻き込む」という僕の隠れテーマもあったこの企画、自分で出演しながら演出するばかりでなく、今度は新しく一緒に作品を作ってくれる演出家を探そう、と決めました。

とはいえ・・・半年後のスケジュールが空いていて、更に引き受けてくださる演出家なんていると思えません。
「まあでも、動いてみないとわからない」
そう思い直した僕は、前からこの作品の演出をお願いするなら、と決めていた方に、ダメ元で思い切ってお声がけしてみました。

僕が思い描いていた方、それは

千葉哲也さん。ポローン♫(NHKプロフェッショナルみたいなBGM)

俳優であり、演出家でもある、千葉哲也さん。
運良くその時期、千葉さんがファシリテーターをされるワークショップに参加する予定があったので、その時に「A Walk in the Woods」の台本を渡そうと決意しました。

でも、ワークショップで扱っている作品はもちろん全くの別物。
「これ僕が次にやりたい本なんです、読んでください。」なんていうのもなんだか粋じゃない気がして、ワークショップ期間中4日間も台本は鞄の中に入れっぱなし。
最終日の5日目が終わった時、僕は「明日から松本なんです、ありがとうございました〜。」なんて言いながら、どさくさまぎれに「ちょっと千葉さんに読んで欲しい本があって」と、まるで初恋相手にバレンタインデーチョコを渡す中学生のような不器用さで台本を渡しました。

尊敬してる先輩を芝居に誘うのってドキドキするものですね。
千葉さんはその場で「わかった。とりあえず読めばいいのね。」と言ってくださり、僕は更にその数日後、この企画の演出をお願いしたい旨をメールでもお送りしました。
とは言いつつ、ご多忙の千葉さん。きっと断られるだろうと思いながらのメールでした。

ワークショップを終えた僕は、松本で串田和美さんの演出の「そよ風と魔女たちとマクベスと」の稽古に入っていました。
そんなある日、稽古の休憩でふと携帯を見ると、千葉さんからの着信が。
「98%断りの連絡だな・・・」
そう思いながら、稽古を終えてドキドキしながらかけ直すと、

「やりますよ。来年の3月でいいんだよね。」

「えええええええええええええええ!!!!」
僕は、稽古場の外で大声を出して喜びました。

そして「A Walk in the Woods」3年目は、千葉哲也さんという強力な仲間を得て、2021年の3月に再び稽古が始まりました。
直前まで別作品の本番があった関係で、僕らが確保できた稽古時間は非常に短く、たったの17日間。
まつもと市民芸術館の小さなスタジオをお借りして、3人だけの贅沢な稽古の日々です。

まずは翻訳の気になる点も含めて、台本をもう一度精査する稽古で4日間。
次は本番と同じ場所で、頭から5日間かけてブロッキング。
その後は通しを毎日、というような進行で17日間を歩んでいきました。

一つ問題だったのは、上演場所です。
コロナ禍なので、最初から劇場ホールでは上演しないということが決まっていました。
そこでまつもと市民芸術館から提案されたのが、館内2Fロビーでしたが、決して演劇に集中しやすい場所ではありません。
音は響くし、照明もない、人は通り放題。
でも、千葉さんはその2Fロビーに敷かれただだっ広い赤い絨毯の上を歩きながら、「あ、ここがいいな。」と上演場所を即決。
それが、見出しの写真にも載っているこの場所。

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後々稽古をしていて思ったのは、立ち稽古も始まっていないこの時期でしたが、千葉さんの頭の中には、もうある程度大きな演出プランがあったのだろうということ。
世界を二分する超大国の代表が言い争う、島みたいなベンチ。左右で異なる壁の色。真ん中にミュージシャンが座り、2人のすれ違う議論を音楽が繋ぐ。
稽古後半にセリフの響きを気にしていた僕に千葉さんは、
「たとえセリフが聞こえなくても見ていられるように、動きである程度見てられる演出にしたから大丈夫。」
と、仰いました。
そしてその言葉通り、セリフが響いても、照明の変化がなくても、本番中にお客さんの集中力が切れることはありませんでした。

僕はディビット・ホックニーという画家が書いている『秘密の知識』という本が好きなのですが、その中に中世のイタリアのヴェネチアにいたガラス職人達の話が出てきます。彼らはガラス作りの技術が外部に漏れないように、島に閉じ込められていたそう。逃げ出したガラス職人を追って殺し屋がはるかオランダまで追いかけたとか、嘘か本当かわからない話までありました。

俳優や演出家も同じで、各々が言葉だけでは伝えようのない「秘密の知識」をたくさん持っていると思っています。
この17日間は、千葉さんの「秘密の知識」をたくさん盗み見ることができた贅沢な時間でした。

演劇の本では読んだりすることのできない、生きた経験の蓄積。秘密の知識。

でもそれにもまして、この小さな企画を受け入れて一緒に走ってくださった、千葉さんの演劇に対する姿勢と愛情が、一番大きな受け取ったものです。

この企画の最初の記事でも書いたことですが、近頃自分より若い人に何を渡せるか、ということを考えることが多くなってきました。
実は、以下の記事を書いている斉藤直樹さんも「A Walk in the Woods」の企画に巻き込みたくて、東京で読み合わせに付き合っていただいたことがありました。
やっぱり「いいよー。」と快く、楽しんで付き合ってくださった。


先月の直樹さんの中嶋しゅうさんとのことを書いた記事を読むと、こういう「手触り」のある誰かとの関係性が、自分の人生さえも「演劇」という大きな流れの一つのようにも思わせてくれ、下の世代にそんな面白いバトンを繋げられたら、という気持ちをかき立たせてくれます。

松本での公演のことは、SPICEさんで取り上げていただいたので、こちらもぜひ読んでください。↓

さて、これで「A Walk in the Woods」のお話は一旦終わり。
とにかく、様々な方に助けていただきました。
ありがとうございました。
この作品、実はまだ「次は」と考えているので、このnoteの中で続きが書けるように頑張ります。

次回は、趣味のカメラ(動画)について書いてみようかな。
それでは、また来月。

近藤隼



近藤隼の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m469a63ef1392


読んでくださり、ありがとうございます。 このnoteの詳細や書き手の紹介はこちらから。 https://note.com/beyond_it_all/n/n8b56f8f9b69b これからもこのnoteを読みたいなと思ってくださっていたら、ぜひサポートをお願いします。