南野薫

はじめまして、小説を書きたくて参加しました。

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最近の記事

女風料理人リウ 

 マグカップを片手に玄関の脇にあるドアを開くと、カビとホコリの臭いがした。ドアの横にあるスイッチを押すと、暗闇だったガレージに明かりがともり、白熱灯の鈍い光がくすんだワインレッドの4ドアセダンを照らしていた。車高が低く、異様に長いトランクのデザインが独特で、テールエンドに向けて緩やかに下がっている。斜め後方から見ただけで、この特徴的なシルエットをしたこの車が何なのかすぐにわかった。ジャガーXJだ。片手に持ったマグカップをそこにあった作業台に置いて、ガレージのスライディングシャ

    • 女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 5

       ランチを終えて皿とグラスを洗っているとスマホが鳴った。ミカからの電話だった。  「久しぶり、もう別荘に着いている?」  弾んだミカの声が耳に飛び込んできた。  「朝9時頃に着いて、午前中はずっと掃除をしていたよ。今軽いランチを食べ終えて、午後も掃除を続ける予定だよ」  「えらいわねぇ、一人で一軒家を掃除するって大変でしょ?別荘って行くのはいいんだけど、着いてすぐ掃除しないといけないのが面倒で行かなくなるのよ」  なるほどミカの言う通りなのかもしれない。旅行に行ってホテルに

      • 女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 4

          県道から左折すると、私道の長い坂道が待っていた。左右には白樺の木々がそそり立っていて、鮮やかな黄緑色の葉と白い樹皮に包まれた幹が美しい。改めてここが標高1000メートル越えの高地だと思い直した。先日買った中古のプジョー206を1速にシフトダウンしてアクセルを踏み込むと、1.4ℓの非力なはずのエンジンは、ソレックスのキャブレターのせいかグイグイと急な坂道を登っていく。23年前に作られた、棺桶に半分脚を突っ込んだ婆さんのような車と思っていたが、JKの短距離走者のような加速の走

        • 女風料理人リウ、 恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 3

           「リウは、もうしばらくしたらこの仕事を辞めてフランスに行くんでしょ?そしたら逢えなくなっちゃうじゃない?」  「またすぐに逢えるよ、フランスに遊びに来なよ。一緒に三ツ星レストランをハシゴして美味しい物を食べまくろうぜ」  ぼくの唇は彼女のうなじをなぞるようにゆっくり上がっていく。唇は耳たぶを捉えると、彼女はため息のような声を漏らした。  「ぼくがフランスから帰ってきたら、お店を出すから出資してよ。店のオーナーになってくれたらいつでも会えるでしょ?」  ぼくが耳元でささやくと

        女風料理人リウ 

        • 女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 5

        • 女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 4

        • 女風料理人リウ、 恥ずかしながら童貞です 第一話 クレオパトラの夢 3

          女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第1話 クレオパトラの夢 2

           目的のホテルはもうすぐそこだ。狭い路地を曲がれば赤い風車の建物が見えてきた。看板には「ホテル・モンマルトル」と書いてある。日本の色街にフランスの風俗街の象徴「ムーラン・ルージュ」を模した建物が建っている。いかにも日本的、いかにも昭和な光景は、まるでバブル期のあだ花のようで、日本の好景気の時代から不景気が今だ続くこの街の30年をそっと見つめているようで、ぼくは案外気に入っているのだ。  慣れた手つきでボタンを押してエレベーターを待つ間に口臭のチェックと、忘れ物のバッグの中身

          女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 第1話 クレオパトラの夢 2

          女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 「第1話」クレオパトラの夢 1

          あらすじ  手越リウは高校時代に男性機能を失ったが、反比例するように女性扱いが上手くなる。その能力を使って専門学校でフランス料理を学びつつ女風としてフランス留学と将来の開業資金を貯めている。卒業後フリーの女風セラピストとして独立、性感マッサージと得意のフレンチで、世の疲れた女性達を癒し、いつの日か自分の男性機能を復活させる女性が現れることことを願いつつ日夜戦い続けている。  男性機能がなくなると、反比例するように女性を歓ばす術が向上した。人生とは実に皮肉なものである。高校生

          女風料理人リウ、恥ずかしながら童貞です 「第1話」クレオパトラの夢 1

          キッシュが冷たくなるまえに【第64話】カウンターの内側で

           カウンターの客全員の視線が僕に集まってしまった。ミカさんはそのお客さん達の視線の先に気づいてこちらを振り向くと、お互い目が合い、こっちにおいでと手招きをしている。  「紹介するわね、彼がこの店で料理のコンサルをしてくれてる絲山翔太君です。翔太君こっちに来て」  モタモタしている僕にじれたのか、ミカさんは強引に僕の腕を引っ張って、僕はズルズルとカウンターの中央に連れて来られてしまった。目の前にさっき会話した佐藤さんが座っていて、目が合ったので軽く会釈をしてカウンター席を見渡す

          キッシュが冷たくなるまえに【第64話】カウンターの内側で

          キッシュが冷めないうちに【第63話】リエット試作

           「なんだかあの人苦手だなぁ・・・」  「佐藤さんて、そんな悪い人じゃないですよ。月に2回くらいは来てくださってる常連で、気さくだし、料理を食べてもちゃんとワインを注文してくださるいいお客様ですよ」  「悪い人だとは思ってないんだけど、ああいう料理とかワインとかに詳しい人と話すと、違和感が増すっていうか・・・」  「違和感ねぇ、あんまり深く考えすぎないほうがいいですよ、気楽にやりましょうよ。ピザが焼けたら豚バラのリエットの試作始めますか?材料は全部そろってますよ」    考え

          キッシュが冷めないうちに【第63話】リエット試作

          【第62話】キッシュが冷たくなるまえに (カウンターの謎の女)

           皿とワイングラスを洗い終えて、余分な水分をふき取っていると、二人が笑顔で戻ってきた。  「翔太君に黙っていて悪かったんだけど、実は今晩あのレバーペーストをワインを飲んでるお客さんに試食してもらってるのよ」  「ミカさんが私達二人だけじゃなくて直接お客さんに食べてもらって、感想を聞いたらいいんじゃないかって、昨夜二人で話をして決めたんです。翔太さんには言ってませんでしたが・・・」  二人は顔を見合わせて、ナゾナゾの種明かしをする少女のような顔で笑っている。  「で、食べた人達

          【第62話】キッシュが冷たくなるまえに (カウンターの謎の女)

          キッシュが冷たくなる前に【第61話】日常食と嗜好食

           「ベーコンはどのくらいの厚さ?」  「1×4cmくらいで、量は一人前で約60gでお願いします」  急いで切りそろえて、目分量で60gはこんなもんだろう。ちょっと多いかもしれないが気にしない。フライパンに軽くオリーブオイルを入れベーコンを炒めながら生クリームを計量カップでだいたい100㎖程量る。しばらくすると、香ばしい香りと共にベーコンから油が染み出してきて、時折バチッという音と共にフライパンが油が弾く。隣でははるかさんが刻んだニンニクと鷹の爪をオリーブオイルを注いだフライパ

          キッシュが冷たくなる前に【第61話】日常食と嗜好食

          キッシュが冷たくなるまえに【第60話】  大至急でカルボラーナを

             ミカエルの駐車場に入るとほとんどが埋まっていて、一番奥に一台だけの空きを見つけてプジョーを滑り込ませると、ダッシュボードのオレンジ色に光るデジタル時計は20時ちょうどを示していた。運転席からミカエルの窓越しに見える店内には、8割がた座席が埋まっているようで、ミカさんが忙しそうに速足で動いているのが見えた。本来はミカさんの娘さんの明日香ちゃんがいて三人態勢でお店を回しているのだが、今は交通事故で入院中の明日香ちゃんなしで2人でお店を運営している。こんな込み具合だと今頃厨

          キッシュが冷たくなるまえに【第60話】  大至急でカルボラーナを

          キッシュが冷たくなるまえに【第59話】金曜の夜はモスでテリヤキバーガー

           金曜の19時過ぎの郊外に向かう国道は、まだラッシュアワーの余韻が残っていていた。右折の車線にいる僕はただいま二回待ちの途中で、右折の矢印のサインがでないと車が進まない。僕の車の前には5,6台の車が信号待ちをしていて、帰宅の人達とこれから郊外型のレストランでの外食や遊びに出かけたりする人達でごった返している感じがする。今からミカエルに行って、新しいメニュー作成と昨日作ったレバーペーストの試食をするためにハンドルを握っているのだが、正直どんな顔をしてはるかさんに会ったらいいのか

          キッシュが冷たくなるまえに【第59話】金曜の夜はモスでテリヤキバーガー

          【第58話】キッシュが冷たくなるまえに (朝のモノローグ)

           早朝の国道をひとり車を走らせている。眠れない朝にすることと言えば、10代20代ならばジョギングで汗をかいてシャワーを浴びてすっきりなのだろうが、さすがに30を超えるとなかなか運動する気力も失せて、つい車に乗ってしまう。天気は晴れ、湿度は高くなく気持ちのいい朝だ。海沿いの道を窓を開けて流れ込む風は、潮の香がしてやさしく僕の前髪を揺らしてリアシートに抜けてゆく。時折見かけるコンビニの配送車と、老人が運転する軽自動車が新聞配達をしているのを見かけるだけで、いかにも地方都市の朝のラ

          【第58話】キッシュが冷たくなるまえに (朝のモノローグ)

          【第57話】キッシュが冷たくなるまえに

           喉の渇きで目が覚めた。ベッド横のサイドテーブルに手を伸ばしてスマホを手に取ると、暗い室内の中でディスプレイの明かりが枕元を照らす。眩しさに目をしかめながら画面を覗くとデジタルの文字は3時15分を示していた。まだちょっと酒が残っていて頭がぼおっとしている。もう一度眠りにつこうと目を閉じるが、昨夜の事が頭に浮かんでしまって眠れない。明日の朝も早いので無理にでも寝ようと自分に言い聞かせて、何度か寝返りをうったが、だんだん頭が冴えてきた。とりあえず水を飲もうと布団を跳ね上げてベッ

          【第57話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第56話】キッシュが冷たくなるまえに

           「おっ、帰ってたんだ。試作はうまくいったの?」  引き戸を開けて姉さんがキッチンに入ってきた。テーブルの上の芋焼酎を見て、「私もいただこうかしら」と言ってグラスを戸棚から出すと、冷蔵庫から氷を出してグラスに入れてテーブルの上に置いた。父さんが芋焼酎を注いで、ペットボトルに残った炭酸水を残らずグラスに注ぎ込むと、ちょうどグラスにすりきれいっぱいまで満たされて、表面では炭酸の泡がシュワシュワ音を立てて弾けている。姉さんは口をグラスまで近づけて、ちょっとだけ飲んでマドラーでグラス

          【第56話】キッシュが冷たくなるまえに

          【第55話】キッシュが冷たくなるまえに

           「実は・・・」 「いや、言わなくていいよ、想像できるから」  ためらいがちに言葉を探しているはるかさんが痛々しく思えてきて、思わずはるかさんの言葉を遮ってしまった。はるかさんは驚きを隠せずに両目を大きく見開くと、急に恥ずかしがった表情を見せ、どんどん顔色がピンク色に染まってうつむいてしまった。その表情を見ていたらどんなことが起こったか想像がついてきた。多分はるかさんは凪人と関係を持ったんだろう。もちろん肉体を伴う関係だ。昨日はこの店と凪人の店も休みだったから、充分に可能

          【第55話】キッシュが冷たくなるまえに