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僕がペーパーバックを読み始めたわけ⑤

 日本の新刊本を買うときの作者の狙いが強烈に伝わってくる緊張感もぞくぞくするのだが、このところ英語の小説を私が読むばあいの「ヤミナベ感」が楽しい。何を読もうかとくに決めていないことも大きいだろう。無計画な散歩の楽しみともいえるのか。

 とはいえ、自分が惹かれるジャンルというのはある。私は現代文学やSFが好きなので、そのあたりにはかたよる。たとえば、サリー・ミラー・ギアハートの『ワンダーグラウンド』がそれだ。作家への知識もなかったが魅力的な造語のタイトルに惹かれた。

 この世界が崩壊したあとの世界。女性たち(シスター)は「ワンダーグラウンド」と呼ばれる土地を放浪するように生きている。彼女たちはテレパスで、人間同士だけでなく動物や自然とも交感して生きている。そして、男性は科学と暴力を一身にになった存在である。

 こうした設定を垣間見ると、この物語がこの世界にあるストレスや悲劇を一つのアングルから投影した物語と思える。ちなみに、この作品はロンドンのWoman’s Pressという出版社から出ている。ラインナップは調べていないがフェミニズムの姿勢を感じる。

 本作を読んでいてずっと気になっていたのは、婉曲にいうと「この世界で次世代はどう残すのか」という点だった。物語のおわり近くに、シスターの1人は “We are not like other men,(私たちは他の男たちとはちがう)”という男から提案を受ける。妥当そうな提案にも思えるがその応答がいい。

… you’ll use it because you can’t really communicate, you can’t really love!
(…お前たちは力をつかう。なぜなら本当には意思疎通できないから、本当には愛することができないからだ!)
Sally Miller Gearhart "The Wanderground" the Women's Press, p194

 その世界の方が間違っているならば、それをきっぱりと拒否するといい。この物語のシスターたちはそうして互いの交感をよろこびあうもう一つの福音の境地に入っていく。「現実的にふるまうこと」より心の事実によりそうこと。こういうフィクションの魅力があると教えられた。


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