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武者小路実篤『友情』(新潮文庫)の感想

「二人は乗気もなく(ピンポンを――引用者注)一時間近くつづけた。しかし杉子は出て来なかった。
「もうやめようか」野島は何度も云おうとしてやめた。しかし彼はますます自分が馬鹿気て来て心がますます空虚になるように思った。
 もう思い切ってやめようと思った。その時勝手口の方の戸があいた。そしてまもなく杉子が入って来た。
 急に一道の光がさして来た。」(p41)

 武者小路実篤は、白樺派(大正時代の文学運動)の代表格。一般に「文学」というものには、小難しいイメージがあるが、武者小路実篤の文体は(あくまで文体が)「ここまで簡単で文学でいいのか」というくらい馬鹿明るい。
 引用の部分でも「野島」の「仲田杉子さん」への恋心がストレートに表現されていてはまるし、ずっと読んでいられる。純朴な登場人物を読む楽しさが武者小路文学だと思う。たとえば登場人物は何度も涙ぐむ。この感情表現のストレートな文体こそ古めかしい「文学」のイメージを振り払う大正の新風であったということだろう。
 『友情』には恋愛と友情と人生の対立が主題とされているが、武者小路が「人間だれしも直面するもの」を主題だと確信しているからこそ、このような文体で描けるのだと思う。一方、小説に「ごく個人的な共感」を求める人には食い足りない作品とも言える。
「ピンポンは今迄よりずっと、賑(にぎ)やかにやれた。笑い声はたえまなく、わき上った。杉子の妹まで出て来、遂にお母さんまで見に来た。野島はお母さんに丁寧にお辞儀した。お母さんも笑いをふくんでお辞儀した。
 彼は地上でこんな嬉しさを味わえるものとは思えなかった。幸福で幸福で誰かに感謝しなければならなかった。皆に感謝しなければいられなかった。
 仲田にも、仲田の母にも、そして杉子を地上に生んだ自然にも。」(p43)。


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