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『海底二万里』(ジュール・ヴェルヌ、創元SF文庫)の感想

 19世紀のSFということで古びた面はあるものの、楽しい作品である。まず、エピソードのたたみかけがうまい。船を攻撃した巨大イッカクは実在するか? 謎の言葉を話す男たちは? 彼らは何のために主人公たちを監禁するのか? ネモ船長はどういう人物か? 彼が言う「島」とは何か? それらのエピソードを追うことが楽しい。
 ところで、SFは〝sense of wonder″(驚異の感覚)が大切であるとよく言われる。潜水艦ノーチラス号は世界の海の全ての神秘を見尽くすように世界を周遊する。21世紀の現在、技術的に可能なことがあったとしても、驚嘆すべき世界を描いたこの作品の、神秘は色あせていないと思う。
 そして、本作の読みどころは、ネモ船長の暗さである。彼を一口に言うと、ヒーローになれないヒーローだ。「それでは、教授。こういう財産がむだに使われると考えるのですか、集めているのがこのわたしなのに! これらの財宝を苦心して探し集めているのは、あなたのお考えでは、わたし自身のためだというのですか?」(p362)。きっとそうでないのだろう。だが、それで世界の人々が裕福になったというわけでもない。だからこそ「このわたし」の言動は本作で曖昧だ。ネモは世界を救おうとし、その不可能が彼を暴力的に見せる。この悲しい摂理は今まだリアルだ。/星屋

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