中国・アメリカ・日本 言語から文化を学ぼう #3
余田志保(フリーランス編集者、ライター)
中国語は親族呼称が多い!
日本では一般的に孫が祖父母を「おじいちゃん/おばあちゃん」と呼ぶ。英語だとgranddad、grandmaだ。
では中国語は......?
答えは表の通り、中国語には父方/母方を区別した祖父母の呼称がある。日米だと、例えば孫が祖母を呼ぶときに「母方の祖母」を意味する1語はない。
「おじ」の欄を見ると、中国語の呼称の多さに圧倒される。「いとこ」も同じだ。日本では性別や長幼を問わず「いとこ」と呼ぶ(漢字だと「従兄弟/従姉妹」の違いがある)。これが中国だと、父方で自分より年上なら「堂兄」、母方で年上は「表兄」、父方の年下は「堂弟」、母方の年下なら「表弟」だ。書いているだけで混乱してくる。
親族の呼称を比較しよう
中国の伝統「四世同堂」
中国語の先生に「なんで親族の呼称が多いの?」と聞くと「四世同堂だからね」と言う。中国では伝統的に父系の四世(曽祖父、祖父、父、息子)が揃って暮らすのが幸せの象徴とされてきた。ひとつ屋根の下で一族が暮らすとなると、各人の立場を明確にした呼称が必要になる。中国人は父方/母方、男性/女性、年上/年下にこだわるので、呼称が豊富になったのだ。
父方/母方を区別するのは、家系を継ぐ男性の存在が重要だからだ。反対に、女の子は嫁に行く存在として軽く扱われてきた。
ちなみに中国は古来から夫婦別姓を貫いている。女性は結婚しても「外」の者で、夫一族の姓を名乗ることは許されなかった(現在では男女平等の原則に基づいた別姓が法で定められている)。
なお「いとこ」の呼称に使われている「表」は「外」、「堂」は「父系同族」を表す。母方は「外者」として区別するのだ。
長幼を気にするのは、もちろん儒教の影響だ。
現在、北京、上海、広州などの大都市に住みながら四世同堂を維持するのは難しい。ただ広州の街中を歩くと、今もそのなごりが感じられる。
中国では共働きが一般的なのに保育園が普及していない。となると、仕事に忙しい両親の代わりに子どもの世話を担うのは祖父母だ。祖父母は近隣に住み、孫の面倒をみる。
広州に住んでいた頃、園のバス停まで息子を送りに行く道すがら「息子と私が街の雰囲気から妙に浮いている」気がしていた。
というのも、周りを見ると、幼児の手を引く祖母、パンをくわえた小学生を後部座席に座らせて電動バイクを走らせる祖父......。孫の世話に忙しい高齢者で溢れていたのだ。私と同世代の女性は、足早に会社に向かう人が多かった。降園時間になると、園の門前には祖父母が列をなして待っていた。
都会の風景を少し切り取ってみても、彼らが一族で協力して子を育ててきた歴史が感じられる。
家庭内での長幼にこだわる日中
次は兄弟間の呼び方を比較してみよう。
英語だと「兄・弟」「姉・妹」に相応する1語はなく、brother/sisterの前にorder/youngerをつけて対応する。対照的に、日中には長幼を明確にした呼称がある。
兄弟間の呼び方を比較しよう
日本の家庭では、年少者が姉を「お姉ちゃん」と呼ぶのが一般的だ。一方で、アメリカでは年少者が姉を“Old sister!”とは呼ばず、ニックネームで呼ぶことが多い。
中国では、親が子どもを、一番上の姉なら「大姐」、次女なら「二姐」と呼ぶこともあるという。話し言葉で「何番目の女の子/男の子」までも区別した呼称があるとは驚きだ。
小学校の頃の友達で、末っ子だけどお姉ちゃんのことを「〜ちゃん」と名前で呼んでいる子もいた気がする。しかし、一般的には「日本の伝統的な家族」ー 例えば磯野家では、兄弟間で年長者は弟を「タラちゃん」と呼び、カツオはサザエを「姉さん」と呼ぶ。
こうやって比較すると「家庭内での長幼にこだわる文化」と「フラットな関係を好む文化の違い」が見てとれる。
日本には「愚息」といった謙遜語があり、同義の中国語に「犬子」がある。アメリカのクライアントに聞くと「英語にはないよ。アメリカでは『内と外』の感覚があまりないから」と言う。さらに次のようにコメントをくれた。アメリカ文化の特長をいきいきと表現する彼女の言葉をそのまま掲載したい。
上司・先生を何と呼ぶ?
日本では課長のことを「田中課長」と呼ぶのが一般的だ。役職だけで「課長」と呼んでも違和感はない。中国も同じだ。
対して、アメリカだと「Mr./Ms.+姓」で呼ぶ。上司の許可があれば“Lisa”のようにファーストネームで呼んでも構わない。一方で“Brown Manager!”とは呼ばない。
課長・先生の呼び方(田中さん、Lisa Brownさん、李さん)
日中が「課長/经理」など役職だけで呼んでも良しとするのは、上下関係を気にする表れだと思う。それに対して、アメリカだと役職より「個人」を意識した呼称が定着している。
日本では上司を「〜さん」と呼ぶ会社も多い。「〜さん」は中国語で「〜先生/女士」だが、中国語の先生に聞くと、上司には敬意を表す役職をつけるべきだと言う。
小学校など初等教育の場合、表のように先生を呼ぶ。日中は同じルールで、英語だけが違う。アメリカでは、先生が許可すればファーストネームもあり得る。
ちなみに、中国では先生が生徒を「姓+同学」で呼ぶ。「同学」は学生に対する呼称だ。こうやって「老师/同学」の立場を明確に区別するのが中国らしい。
第三の敬称 Mx.
先の表を見ると、英語だけがMr./Ms.で男女を区別している。英語圏では、Mr./Ms.やhe/sheなど、男女の区分しかない単語が問題視されてきた。
そこで1970年代に、Mr./Ms.に加えて第三の敬称であるMx.が使われ始めた。Mx.は男女の性別を問わない敬称だ。2016年にはアメリカで最も権威のある辞書の1つであるMerriam-Websterに加えられている。
NBC Newsでこんな記事を目にしたことがある。あるアメリカの学校の生徒たちは、ノンバイナリーの先生を「Mx.+姓」で呼んでいるらしい。先生がノンバイナリーの生徒をMx.で呼ぶ例もあるという。個人の特性に目を向ける文化が反映されている例だ。
最近では英語圏で「単数のthey」も浸透してきた。これは「自身はheでもsheでもない」と考えるマイノリティーの方が自分を指すときに好んで使う人称代名詞だ。
今回紹介したのは兄弟の呼称など基本単語ばかりです。
外国語の単語を丸暗記するのではなく深堀りしてみると、その国の文化や価値観が浮かび上がってくることがあります。こういった発見は語学学習をする醍醐味の1つだと思います。
次回はいよいよ最終回!「AI時代に語学学習なんて不要」という声を聞くようになりましたが、皆さんはどう思われますか。日本よりずっとハイテク化されている中国の都市に住んでみて、「語学学習の今後」について感じたことを書いていきます。
参考文献
・『シン・中国人 ――激変する社会と悩める若者たち』斎藤 敦子(著) /ちくま新書
・『夫婦別姓 ――家族と多様性の各国事情』斎藤 敦子ほか(著)/ (ちくま新書)
・『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』エリン・マイヤー(著)、田岡恵(監訳)、樋口武志(翻訳)/英治出版
・劉 柏林「日中の親族呼称について」愛知大学『言語 と文化』(No. 5)2001年7月
・Ms., Mr. or Mx.? Nonbinary teachers embrace gender-neutral honorific Jan. 21, 2019 NBC News
https://www.nbcnews.com/feature/nbc-out/ms-mr-or-mx-nonbinary-teachers-embrace-gender-neutral-honorific-n960456
執筆協力:Brooke Lathram-Abe
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