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会社づくりエッセイ本『社長転生~会社爆誕! 頼れる仲間と創作ライフ~』試し読み

この本は11/27 #COMITIA142 (サークル『少女文学館』L10ab)発行予定の
「会社づくりエッセイ本」の試し読みです。
発行:株式会社ツクリゴト
協力:(株)ハイエルフ
通販はBOOTHにて開始いたしました!!!!


表紙&裏表紙


あらすじ



①起業の誘いは冒険者の酒場で/会社作り、始動(紅玉いづき)

「いいですか、紅玉さん」
 綺麗なオーク材のバーカウンターで、美しい酒を出しながら公認会計士は私にこう言った。
「あなたの希望を叶えるにはもう、起業しかないです」
 私は自分の額を叩いて、「マジか~」と言った。

 いや、なんか、そんな予感はしていた。希望と言いながら無茶を言っているとわかっていた。生まれてはじめて訪れた会計事務所だった。
 ちなみに訪れる前に「税理士さんにはこのことを相談されましたか?」と聞かれていた。相談は、していなかった。なぜかならば、そんな相手はいなかったので……。
 作家になって十五年は、あっという間だった。あっという間だけれど、年明けは毎年地獄だった。確定申告、青色の、聞いたこともないような会計ソフトで。ある年私のレシートの仕分けをしながら友人が「いづきさん、あのね、来年はね、もうちょっとはやくからやろう?」と言った。それができるならこんなことにはなっていなかった。それができるなら、作家にはなっていなかった!!
 十五年目、それに加えて追い打ちが来た。電子帳簿法、インボイス。これ以上? と私は思った。これ以上、私に、税理を増やせと? 政治のことはわからない。個人的な思いはあれど、私は私の作家としての人格を政治の主張には使わないと決めている。だからこれといった政治の主張はしないのだけれど、それでも、これ以上、私に、この申告上の手数を増やせと? と思った。
 追い打ちはそれだけではなかった。直前年度の確定申告、とある大手出版社が、大きなミスをしていた。税理上のミスだった。私は、私に税理を指導してくれた親と、五時間くらい頭を付き合わせてそれを検討した。相手側のミスだ、と結論が出た時、親は静かに言った。「あなたの税理を見てあげるのはもう無理」それはそう、という話だった。それはそう、それはそうなんよ。
 無理に無理を重ねてやってきた十五年だった。年貢の納め時だ。私は、しおしおと、お友達である栗原さんが紹介してくれた会計事務所に赴いた。「事務所って、どんなところ?」と栗原さんに聞いたら「うーん、冒険者の酒場みたいなところ」と言われた。なんて? と思いながら事務所のドアをあけ、綺麗に並んだ酒瓶を見ながら、自分の推し酒を鞄から出した。そこは確かに創作というフィールドの冒険者の集う、冒険者の酒場だった。私は特注のバースツールに座り、自分の希望を伝えた。現状がどうで、未来のことはわからないけれど、とりあえずどうありたいか。
 結論として、酒場のマスターである公認会計士さんは、こう言った。
「起業しかないです」
 ないのか……と私は思った。
 起業しかない、法人化しかない。ないとして、本当にそれが出来るのか? 私の思考は停止した。いくつかうわごとを呟きながら。グッドナイト、いい夢みろよ……。

朝チュンではない

 次に目を覚ました時、栗原さんが隣にいた。多忙でぼうっとしている私に、より多忙なはずの栗原さんが静かに言った。「会社をつくります」「んん?」と私は返した。「冗談ですか?」「冗談じゃないです」「ギャグですか?」「現実です」「んー、私、何もできませんが……」「あなたが社長をします、実務は私がします、事務は万能OLだったきいこさんがします」「ん、んー」しばらく私は考えて言った。
「それは、私が、得をするはなしなわけですね……?」
 栗原さんは言った。
「主に、あなたの希望を叶えるためです」
 ですよね~! と言いながら、私はもう一度自分の額を叩いた。
 二〇二二年の初夏、すべてはそういうことになった。これを書いている二〇二二年の夏、未だに実感は、わかないでいる。


・副社長の実務コラム(栗原ちひろ)

 実感がわかないのは、実務をやってないからなんよ。
 ということで、実務をやっている栗原が社長のエッセイにツッコミを入れつつ、実務豆知識をつぶやいていくコーナーです。
 とはいえ、この時点で大した実務は発生してないんだよな……。
 私がこの会社で実務担当になったのは、酒の飲み方を見た会計士さんに「こいつが実務だ」と見こまれたから、です。珍しい飲み方をした覚えはないけれど、個人的にいいウイスキーは常温の水と一対一で味わうのがお勧めです。香りがほどよく立つし、味もアルコールのパンチ以外の美味しいところを落ち着いて味わえます。
 お試しあれ。


②「まず、ポエムを決めます」/方向性の決定(紅玉いづき)

 突然ですが、質問です! 友達何人いる!?
 私は百人!

 いやちょっと誇張したね。百人以上います。

 その、友人誰とでも、一緒に会社が起こせるかと言われるとそれはNOで、しかしながら栗原さんが「あなたと会社をやります」と私に言ったとき、「それはそうですね」と思ったのには理由があった。

 まず、付き合いが長かったこと。その長い付き合いの中で、情念を溜めるほどは近くもなく、お互い困っているところに手を差し伸べられるる程度には遠くもなかった、そんな距離感だったこと。
 そして、金銭感覚がわかっていたこと。これは何より大きかった。何度も食事をし、旅行に行き、多くを奢りそれ以上に奢ってもらい、そして何冊も一緒に同人誌をつくった。その中で、互いの金銭感覚で不快になることはなかった。
 最後に、これはあくまでおまけだけれど、人生の地図が重なることが多かった。全くの偶然ではありましたが、互いに産んだ子が偶然同級で、小さな頃から年に一、二回、仲良く遊んでくれていた。その様子を見ながら、いくばくか、互いに人生の金銭を預けてみようと思ったのは、当然の帰結であったのか、どうか。

 なお、栗原さんは私と会社をつくることについて、「徳を積むため」と言っていた。なるほど……? 栗原さんの来世が、いいものでありますように(合掌)。

 事務員として駆けつけてくれたきいこさんは、栗原さんが連れてきてくれたスタッフだった。そのことも、非常に信頼に足る要素だった。というのも、私は、私の友人に対して、愛情のあまりフラットになりきれないところがあるため、こういう場合に誰に頼っていいのかわかりかねるところがあったので。
 けれどそれが、栗原さんが信頼した方だというのであれば、安心して様々なことを任せることができるという塩梅だった。
 とはいえ一方その頃私は、マリッジブルーならぬ起業ブルーに陥っていた。表向き、私の起業したいというわがままに栗原さんがつきあってくれた、それはそう、それはそうなのだけれど、そのくせぼんやりとした不安につきまとわれていた。
 私の、ごく個人的な要望に、友人達を付き合わせる後ろめたさもあったのかもしれない。単純に、この起業がわたしのこれまでの、そしてこれからの「天井外し」になることがわかっていたから、ビビっていたのかもしれない。新しいことをやるってことは、私のように横暴でわがままな人間にだって、怖いことなので。

「実感がわかないのは実務しなかったから」と副社長である栗原さんは囁くわけだけれど、それはそう、やらなくていい、やりたくないことは、やらない、絶対にだ、という強い気持ちがあったので。そう、大事なのは、強い気持ち。
 そんな中、私に社長としての最初の仕事が命じられます。

「紅玉さん、ポエムをよろしく」

 ハーン? と私は思った。
 強い気持ちを、もっていてさえ。

 会社をつくる、と決めたら、最初に必要なものは、なにか。
 お金に人材、それからそれから、つくるぞと決めたのならば、これがなければはじまらない。それが、「社名」

「社名ってどうやって決めるのかな?」
 会社をつくったこともない仲間達が額を集めて悩んでいるので、「とりあえずこれでしょ」私が出したのは姓名判断の、社名占い的なページだった。
 おみくじひとつも信じないような人間なので、大吉なんかじゃなくてもいいけれど、わざわざ好き好んで大凶にしなくたっていいでしょう? それでも名乗りたい社名があるのならば、占いなんて見るべきじゃない。まあ、私達にはまだなかったので……。
 株式会社「ツクリゴト」という名前は、その談義の中で栗原さんが決めて、誰からの異論もなく、ただ、私は最後まで、「うーん、保留」というような返事だった。
 これといって、不満はなかったけれど。自分が折りにつけ肩書きとして名乗る、ことを考えた時に、身体に馴染むかどうか。
 どこかの宗教ではないけれど。
 ──はじめに、「社名」がなければならない。
 プロジェクトには仮名であっても呼び名がなければ、他と区別が出来ずに立ち上がらない。なにもかも、名前、名前だ。そこからロゴがつくられ名刺がつくられ、挨拶状がつくられサイトがつくられていく……。
 だというのに、社長である私がいつまでも「保留」であったので、見るに見かねたのだろう。副社長栗原さんから、社長紅玉さんへの最初のオーダーは、「ポエムをよろしく」だった。
 ハーン? とは思ったけれど、なんて? とは思わなかった。
 ポエム、ポエムね……と言いながら、私はまっさらなファイルの前に向かった。

 作品と作者が乖離している、と言われることがある。言いたいことはわからんでもないのだけれど、私は私の指先にも人格がある、と思っている。それが多分私の作家としての人格で、色紙を一枚渡されて、「サインと、気の利いた一言を」と言われたら、私はぼんやりした顔で、「ああ、得意です」と答える。作家としての、人格をおろして、書く。気の利いた一言を。そういう言葉を、恥ずかしげもなく言える作家に、私はずっとなりたかったから。
 私はポエムを仕上げた。
 ツクリゴトという社名には、「創作事」という漢字をあてて。

わたしたちにとって、生きることは書くことでした。
そして、働くことは、つくることでした。
形のあるもの、形のないもの
株式会社 ツクリゴト はすべての「創作事」に心を込めて、尽くしていきます。

 そうして私達は、「ツクリゴト」をつくったのだ。


続く………
イラストカット:星灯点夜


オマケ

「表紙のイラストで扉絵カットを描いてください」と頼んで出てきた絵

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