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今日もアーケードにいます

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記事一覧

46話 キンモクセイ

帰れない 電車が動かなくなって 帰れないのだ 仕方なく、 待つ 人々の群に混じって じっと待つ だんだん、待ちつかれる 待ちつかれて コンビニで ビールを買う お腹も減って 枝豆も買う ロータリーの階段に座って 空を見上げる 脚に虫が、とまる 寒くなって 体をさする 周りを見わたす 膝にあごをのせて しみじみとする 帰りたい と思う 夏の あたたかな風を感じる 汗で体が湿っている 少し眠い気もする 昨日と 今日と 明日の

45話 かすみ草と黄色い電球

たぶん、もう、来ないよ それでも、8時ぎりぎりまで、待った それで 結局本当に、来なかった 昨日、かすみ草の花束を 予約した あの人は、 本当に、来なかった 9月30日 日誌には なにも 書かなかった 来なかった人のことは 特に書く必要もないと 思った 店を閉めて 外に出ると 珍しく 誘いがあった わたしは OKと返信した 着いた先に あなたがいた アパートの中は うす暗かった 「電球が切れた」 「ふうん」 「電球がきれた

44話 月とカレーライス

カレーやのカウンターには うす暗い光が 灯っていた 月の大きな夜だった 大きなカレーの皿を 注文すると わたしは手紙をかいた カレー食べてます お元気ですか 次の言葉を探している間に カレーライスは もう できあがっていた 手紙をよけて カレーを頬張った カレーを半分、食べ終えると わたしは再びこう書いた やがてやってくる いろいろな なにか それは なにかは わからないけれど 生きていかなければ ならないと 強く 思うのそ

43話 銀杏と自転車

自転車をぬすんだ なんてことないはなしだ 朝、はやく目が覚めて 白い空をみていたら 自転車を ぬすんでみたく なったんだ 鍋がふきだして 真っ赤なキムチの汁が こぼれた 目の前で わらっているあなたは どこまで ほんとう なんだろう わらいながら 鍋をつつき なにも残らなくなると 半分も片づけないまま 外へ出た 銀杏並木を ふらふらと どこかにむかって あるいている 街灯にてらされた 時計台の下で ふいに立ち止まったあなたは

第42話 チューベローズとミルクティー

そう、 あの夜 あなたのアパートの 小さな部屋に チューベローズを 飾ったのだった そのことを 秋の夜に 思い出すのだ 服をきたまま 抱き合うだけで そう、あなたは ただそうしているだけでいい といった 布団の中で あなたは ほとんど 息をしてないみたいに わたしにくるまっていた どれくらい そうしていたのだろう どちらかが先に 起き上がると どちらかが先に ふたりぶんの あたたかなミルクティーを つくるのだ そうしてその

第41話:飲食と電卓

アーケードが 改装された年 アーケードに  東館ができた 東館には 吹き抜けのある 階段があり ワークスペースや 団らんスペースには 緑があふれていた 西館は 古いまま 残された 従業員の食堂と アーケードが所有する 大きな倉庫も そのまま 残された その食堂で わたしは毎日 昼食を食べている 電子レンジで 凍った弁当を 解凍して 水筒に入れた あたたかい お茶を飲む 他の従業員も だいたいは わたしと同じように なに

第40話

  まっくろな カラの桶が 高く 積まれている しんとした 作業場に 立っている あたたかいコーヒーや 芋の香りが 通り抜けていく 蛇口をひねって シンクを 濡らす まっくろい 桶を ひとつ 取って いきおいよく 出る水を そそいでいく 水が 冷たい デンワが鳴る きらさんだ 電話口では 声の小さい きらさんだが もくもくと 作業するひとだ 市場から アーケードまで 花を届けてくれるひとだ 都内の大きなお店を何軒かまわって 大半の荷を 下ろした

第39話

少しのあいだ 会っていなかった 秋に会おうと 約束もせずに 店には  われもこう が ならぶようになった 忘れたわけでは ないのに われもこう が 忘れるのと 同じくらい 遠くに行った 気にさせる 会っておけば よかった など いいたくないのだ なのに われもこう に 揺さぶられるのだ 月に一度くらいは 会っていた スーパーで待ち合わせ 冷凍のぎょうざと 鍋の出汁だけ 同じかごに 野菜は おのおの 好きなものを えらぶ

第38話:ダリア

ダリアを 抱えて 電車に乗った 着いた場所で 雨に降られた ダリアを抱えて 傘をさした しばらく行くと 道が、分かれた 抱えたダリアを 軒先のシャッターに 立てかけて 電話した すぐ近くまで 来ていた そうしてやっと ダリアを抱えたわたしを 彼女が 迎えてくれた 抱えたダリアを 彼女にわたす 彼女はダリアを抱えて うそおダリア と笑った 昔一緒に 花を売っっていた頃 ダリアを何十本も抱えて 彼女は忙しく 走り回っていた

第37話:スイカを割りに

はい、絞めるよ 絞められている間は なんだ、本当に真っ暗だ と思いながら 口元は やっぱり ちょっと ゆるんでいたかも 集まったのは 新鮮食品売り場の 三人と 警備員さん それから清掃のグループ そしてわたし 一番若そうということで 棒を振り下ろすことになった スイカ、ほんとうに 割れますかね 何回か 外したのちに スイカは 真っ二つに割れた 警備員さんが 薄暗い地下に 手持ちのライトを 照らす 静まり返った アーケード

第36話:夜の定食屋

閉館前 アーケードに向かって お辞儀を繰り返す、あの あれ、あの儀式 なくなるかもしれないよ 社長にいわれた 夜の定食屋は 社長には あまり 似合わない 社長の 手首の銀の時計 右手でくるくる 動かして 触る、その手と 竹箸を持つ手が 同じ手だということを たった今、この 夜の定食屋で 知ってしまった そういえば、 お彼岸の発注さ、 社長が水を飲むと 蝉が一匹ずつ 静かに死んでいくような 心地が かすかに 湧いてくる 菊

第35話:コスモスとグラウンドピアノ

市民会館の 大ホールに 真っ黒な グラウンドピアノを 見たのは コスモスを生ける前の まだ静かなときだった 舞台に立つと 鍵盤と 木目板の 香りが 通り抜けては また香った 舞台の中央の 一角に 新聞紙を並べて コスモスの束を 置いた コスモスを 手に取ると 少し湿った ほっそりとした葉が さわさわと ゆれた リハーサルの こどもたちが やってきた ひとりひとり 順番に グラウンドピアノに 触れて 音を たしかめ

第34話:キャンプ

長く続く 波のような ゆれだった ゆれがおさまってから アーケードの警備員が すべてのひとを アーケードの入り口に 誘導した テナントのスタッフの 安全確認をしてから 各店長は 店の前に立って アーケード側の 指示を待った 安全確認を終えた スタッフらが 店を後にして アーケードの 入り口の方へと 歩きだしている 店舗待機の店長らは 書きかけの日誌 準備中の棚 清掃中の床 にとりかかる 花屋は 桶の水を 取り替えながら

第33話:お惣菜屋さん

朝9時集合といわれ 会議室に入ると 総菜屋の店長が パイプ椅子に座って 煙草を吸っていた 目が合うと 店長会議は アーケード側の都合で 突然中止になったと おしえてくれた 総菜屋の店長ではあるけれど 頭に布を巻いていない 真っ白な長靴もはいていない ここらへんも物騒になった 店を閉めて 駅のロータリーに 降りると 地べたに座って 歌っているひと ずいぶん増えた そうですね 缶ビールを片手に ロータリーをうろうろしているひとが 結構