45話 かすみ草と黄色い電球
たぶん、もう、来ないよ
それでも、8時ぎりぎりまで、待った
それで
結局本当に、来なかった
昨日、かすみ草の花束を
予約した
あの人は、
本当に、来なかった
9月30日
日誌には
なにも
書かなかった
来なかった人のことは
特に書く必要もないと
思った
店を閉めて
外に出ると
珍しく
誘いがあった
わたしは
OKと返信した
着いた先に
あなたがいた
アパートの中は
うす暗かった
「電球が切れた」
「ふうん」
「電球がきれたから、
トイレの電球とってきて
つけたら、
なんか、ほの暗い」
「そっか」
疲れていたので
床にすわっていると
あなたは、いつになく
真剣に
「このままでもいいかって、
思ってきた」
といった
「それはなに、どんな風に?」
「えっ、こんな風に」
あなたが黄色く灯った
電球を
指さした
きのこ
クリーム
パスタ
順々に
手際よく
あなたは
フライパンに
食材を
放った
わたしは
あなたの方を
遠くから
みていた
キッチンの電球は
真っ白で
あなたの後ろ姿が
くっきりと
うつった
かすみ草を忘れたひとに
電話をしたらよかったんだ
突然、きょうのことが
頭をよぎった
かすみ草を
忘れていますよ
と、いえばよかったのだ
あなたの部屋の小さな窓から
冷たくなった風が入って
わたしは電話を
取りだした
でも
かすみ草のひとの
電話番号が
なかった
「部屋、やっぱり暗いよ」
「そう?」
「うん」
わたしは
あなたの腰に
手をまわした
「どうしたの」
「かすみ草を、忘れた人
明日、戻ってくるかな」
「くるでしょう」
「かすみ草って、枯れないんだよ」
「へえ」
「枯れてもまるで
枯れてないみたいに
枯れていくんだよ」
「じゃあ、枯れるってことだね」
「そうだね」
「やっぱり暗いよ」
「さあ、食べよう」
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