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大股びらき

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私はクラシックバレエが好きでよく見に行っておりました。
バレリーナ たちの身体能力は感動を越えて驚愕であり、その体ひとつで表現する世界は書道の対極にあるような気がして…公演を見た後は空中で両足を大きく開くパドゥシャをイメージ しながら書道に取り組みました。
ある日…あれはドンキホーテの公演でした…大満足の公演が終わり会場を後にして蕎麦屋でいっぱい呑んでいると「隣いいかしぃら??」声をかけてきたのはドン・キホーテに出演していたアナスタシアというひときわ美しい女性でした。
私はドゥルネシア姫が現れたのかと…息を呑んでしまいました…
彼女は日本の文化に興味がありお互い書の話とバレエ の話で盛りあがりました。
彼女はお酒をほとんど飲みませんでしたが、 ホテルで飲み直しませんか??と誘われました…美女の誘いを断る余事はありません…
彼女のホテルに行ってシャンパンを開けるとロシアではハゲがモテる話で盛り上がったのですが…時計の時刻は23時を回り…ああ、そろそろ帰らなくては…明日の公演に差し支えますねと帰ろうとしたところ…
「わちきを…抱いておくれなんしぃ〜!!」と叫んだのです…それまで落ち着いた美しさを見せた彼女とは思えない廓詞と獣のような表情に体が硬直してしまいました…
彼女が靴を脱いだ時に私は全てを悟りました…
彼女の足は爪は割れ豆だらけ血豆が潰れ乾く暇もないという状況でした。
ああ…私はバレエというものの本質を知らなかった…まさしく妄想に取り憑かれドゥルネシア姫を探しに出かけたドン・キホーテ…
彼女は靴を脱ぐと抱きつき唇を重ねてきました…唇を重ねるたびに彼女の息は熱を帯びていき私もその熱に飲み込まれてしまいそうになりました…
彼女を抱いてしまえば…私は彼女を愛してしまうより他に仕方がない…彼女を抱くということは彼女の闇も抱くということ…私にその覚悟があるであろうか…
食事制限の厳しさからか蕎麦屋でもほとんど食事を取らず一合の日本酒をちびちびと呑んでいた彼女…
彼女の苦しみを一時の快楽で慰めたとしても一方通行の愛…
アナスタシアにとっては大多数の男の中の1人に過ぎないのだ…
私は彼女をベッドに突き放すと…彼女は目を瞑り私を待っていた…私は一言「華々しい世界だけがバレエだと思っていたけどこんなにも過酷な世界だったんだね…それでもバレエの美しさは変わらない…舞台の君はより輝くだろう…」そう言い残し部屋を後にすると…「待っておくれなんしぃ〜!!」という声が響いた…私は振り返ることもなくその場を後にした…
それから毎年、日本で公演が終わると蕎麦屋で飲みながらアナスタシアを思い出すのですが2度と会うことはありませんでした。
1人飲んでいると「外国の美女がが冴えないハゲた男と外を歩いてたぜ!!」なんて話が聞こえてきました…ああ、アナスタシアかな…しかし…私は後悔しておりません…
彼女にとっては舞台 が全て…そして私にとっても書が全てです。
あの日からバレエの見方も変わりましたし、錯覚かもしれませんがアナスタシアはどんどん輝きを増していきました

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