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【パワハラ備忘録】相性の問題か

ハラスメントを受けると今までになかった葛藤が心に生まれる。
自分だけが悪いのか、相手だけが悪いのか、それとも両者が悪いのか、あるいは組織、社会全体が悪いのか・・そんな考えが頭の中でぐるぐるとし、近しい人に意見を聞いてみようと思い立つ。

相談した人は皆それぞれ、私の話を聞いて精一杯寄り添い、心のうちを察し、私が傷つかないような言葉で一所懸命こたえようとしてくれた。ときには励まそうとしてくれた人もいた。
私が辛い気持ちを共有することに嫌な顔をせず、自分の一番良い言葉で語りかけてくれた方々には、尊敬の念と感謝の気持ちを今でも持っている。

ただその中でも、ほんの少しだけ心にわだかまりができたものをここに記す。些細な、また相手が善意で選択した言葉の強さや影響を深く感じる。


「相性の問題もあるよね。」

確かに人間である以上、相性は存在する。
そしてこの場合、私と上司の相性が悪いということなのかもしれない。
しかし、私はこの「相性」という言葉で全てを片付けようとする人がいることに不安を感じた。

あなたに小学生の子どもがいるとする。その子はたまたま同じクラスの子から無視され、想像できないような酷い言葉を投げかけられる。耐えかねた子どもは、近くのマンションから身を投げ、帰らぬ人となってしまった。

このようなとき、「加害者と被害者の相性が悪かったんだね。」とあなたは言えるだろうか。
ハラスメントが起こったときも同じでことが言えると思う。
実際に私は上司の言葉で傷つき、精神を病んだ。
今でも薬の離脱症状やフラッシュバックなどに悩まされている。
一生消えない心の傷を負った私は確かにここに存在するのだ。

私は「相性の問題もあるよね。」という言葉を聞いたとき、行き場のない、このどうしようもない心の苦しみを無視されていると感じた。もちろん相手が善意で言ったかもしれないことは十分承知している。

「相性」という言葉は、明らかな加害、それから被害を覆い隠す。
「相性」という言葉で人の心が壊れた事実を隠すことができるのだろうか…
今一度考えていただきたい。

私は上司の人間性を否定しているわけではない。
上司の行為を悪いと思っている。
子どもが悪いことをしたら叱ると思うが、そのとき子供の人間性を否定しているわけではない。
同じように大人にもその「行為」に対して何らかの罰則を課す必要があると思っている。


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