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4,5月 ターゲット Aさん、Bさん

Aさん


違和感の始まりは新年度になってから少し経った頃からだった。
上司が同じチームメンバーのAさんに接するときの態度に疑問を持つようになった。
チーム会議で上司はAさんの話を遮り、意見を否定することが多かった。Aさんが発言するときに不機嫌な顔になったり、他のメンバーには言わないような言葉を浴びせたりすることもあった。
また、Aさんに送信するメールにとげとげしい言葉が並ぶようになった。パワハラのラインにぎりぎり引っかからないような言葉を巧みに使っていた。第三者がそのメールを読んだときに、善とも悪ともどちらとも取れるような言葉や言い回しである。私やチームメンバー、上司を知っている人が見ると明らかに嫌味だと分かるような言葉だった。

その時のAさんは落ち込んでいるようには見えなかったし、特段上司との関係性について相談してくることもなかったので、悩んでいないように思えた。むしろいつも笑顔であったためうまく対処しているのだと思っていた。また、”パワハラ”と聞いて想像するような大きな声での叱責や殴る蹴るなどの暴行があったわけではなかった。そのため、そのときはパワハラという言葉も頭に思い浮かばなかった。ただ今思うと、波風が立たぬように誰も彼もが目の前で起きている出来事から無意識に目をそらしていたのかもしれない。

上司は私と週に1回の面談(1on1)で「Aさんはこういうところができていないから本人と話し合っている」…と言っていた。いかにも平和的に、お互いが納得して仕事を進めているというような印象を私に与えた。
私はこのとき上司との信頼関係もほどほどにあり、ネガティブな印象は特に持っていなかった。ときおり上司がAさんへの嫌悪を示す言葉を使うことがあり、内心驚く瞬間もわずかにあったが、上司も他に言える人がいないのかもしれないとしか考えなかった。

今思えばこの一瞬でも生じた違和感をもっと大事にすればAさんを助けてあげられたかもしれない。
"なぜ"上司に違和感を覚えたのかをもう少し深く考えるべきであった。
このときどれだけ上司がAさんのことを追い詰めていたか…Aさんがどれだけ辛い毎日を孤独に過ごしていたか、どんな思いでチーム会議に出席していたか…私は少しも想像することができていなかった。

そんなある日、Aさんは引継ぎをしないまま"家庭の都合"で突然退職してしまった。私達チームメンバーに退職の挨拶もなく、いつの間にか彼女の社内メールは削除されていた。上司はAさんが退職したことをチーム会議の冒頭で話し、それっきりAさんの話題がのぼることはなかった。
私はAさんとそれほど仲が良い訳ではなかった。また、彼女が上司にだけは本当の退職理由を話しているにちがいないと確信していた。だから私はAさんに理由をあれこれ聞くのは失礼になると思い、退職後に連絡を取ることをしなかった。

Bさん


Aさんが退職した後のターゲットはBさんに移った。
このときも同じように、上司はBさんに失礼と捉えられるような態度を取ったり、言い回しが冷たいメールを送ったりしていた。Bさんは明らかに困惑している様子があり、日ごとに疲労の色が濃くなっていたように思う。
このままではAさんと同じような事態に陥ってしまう…そう考えた私はBさんに積極的にチャットやメールを送り、相談に乗るようにした。しかし、あまり意味はなく、Bさんは会社を休むことが増え、Aさんと同様に突然退職してしまった。この方も引継ぎがなく、上司はその怒りを残ったチームメンバーに撒き散らしていた。
そのときは流石に上司の態度に心の底から驚いた。Bさんが退職した理由が自分のせいではない…とこの人ははっきりと言えるのだろうか。改める部分が全くないと思っているのだろうか…。今までの人生で出会ってきた人間の中でも独特な性質を持っていると確信した瞬間だった。

今までの出来事から私の気持ちには暗い影が差していた。私は上司に謝れる人間でいてほしかった。謝ってももう遅く、何もかもが元通りにになるわけではない。ただ残されたものに対して、せめてもの慰めとして上司には謝ってほしかった。

後悔

AさんとBさんは「助けてほしい」というたくさんのサインを必死に出してくれていた。それなのに、二人に救いの手を差し伸べることができなかった。あの時の鈍感なふりをしていた自分、適切な行動に移せなかった自分を呪う。2人の心が傷ついた事実を決してなかったことにしてはいけなかった。上司の上司やハラスメント相談窓口に早めに伝えておけば良かったと思う。些細なことでも良い。二人を助けるために私は「適切な」行動をするべきだったと思う。

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