夜明けのすべて
【映画感想文】夜明けのすべて
大雨の降っている中、傘もささずにバス停のベンチに座って動かない女性がいる。バスがやってくるが乗ることもなく、びしょ濡れでベンチに座り続けている。
会社員の藤沢美紗(上白石萌音)である。
その後ろ姿を映し出しながら、藤沢美紗の心の声が流れる。
物語は…
藤沢美紗はPMSがあり病院に通っていた。
PMSとは月経前症候群のことで、月経前になると精神的症状や身体的症状が顕著に現れること。彼女の場合は、イライラしてちょっとしたことで誰かれ構わず怒鳴りつけたり、言い合いになって泣きじゃくったりして精神的に不安定になる。そういった不安定さは仕事にも支障が出ていた。それで自ら会社を辞めることとなった。
5年後、小さな会社に入った。地味な仕事ながらも優しい人たちに囲まれてなんとか過ごしていたがPMSが治ることはなかった。
ある日、その会社にいる山添(松村北斗)という男性のやる気のない仕事ぶりにイライラがつのって山添に怒りを爆発させてしまう。
しかし、山添もまたパニック障害で病院に通っていた。
ある日、山添が仕事中に発作を起こし、社長に頼まれて藤沢美紗が家まで送っていくことになり、そこでお互いの病を知ることになる。
原作を読んでいない私はこの映画を観ながら、『この二人はこうやって心を通わせて、病と向き合いながら恋をして幸せになっていくのだろうな…』
と、勝手に想像していた。
でもそれは違った。どう違ったかは結末を話すことになるのでここで書くことはできないが、私の想像を超えた繋がりがあり、結果的にはとても素敵な結末だったと思う。
人は基本的に見た目で判断する。
松葉杖をついていれば「足が悪い人なのだな」と思い、
手に包帯を巻いていれば「怪我をしたのかな」と思い、
車椅子に乗っていれば「歩けないのだな」と思う。
そして、反対にいつも笑顔の人を見ると「元気な人だな」と思う。
でもその元気そうな人にも、人に言えないあるいは言っても理解してもらえない病を持っているかもしれないということには誰も気づかない。
以前、私の友人だった人もこの映画と同じようにPMSで悩んでいる人がいた。彼女はその時期になると1週間ほど学校を休んで、ずっと自室にこもって誰にも会わずに過ごしていた。
当時、私はPMSがどれだけ大変なのか詳しく知らなかなったので、彼女のことをそれほど心配していなかった。ひょっとしたら失礼なことを言って傷つけたかもしれない。
そのことについて何も知ろうともしなかったのだ。
私ごとで恐縮だが、私は両耳共に慢性耳鳴りがある。
もう20年以上止むことのないそれと付き合っている。
自分から言わない限り見た目には何もわからない。
日常生活で困ることはないが、精神的に落ち込んだ時などは、いつもは小さい耳鳴りが隣にいる人に聞こえるんじゃないかと思うくらい大きくなる。
(実際に大きくなっているのか、自分がそう感じているだけなのかは医者でもわからないのだが...)
大きくなっている時は周りの音が聞こえなくなる。困ると言えばその時くらいだろうか。そんな時は「今、耳鳴りがひどくて聞こえづらいです」と周りに正直に言うのだが、「えっ?何それ」って感じで理解はしてもらえない。
大事なのは、健康そうに見えても人知れず悩んでいる人はいるかもしれないということを想像することがなのではないかと思う。
そしてそれを打ち明けられた時、「何それ?」ではなくて「大変だね」と少しでも寄り添ってくれれば楽になるのかもしれないとこの映画を観て思った。
ここに出てくる藤沢さんと山添くんは、お互いの病を理解しようと努めた。
そして会社の人たちも、そのことに対して文句を言ったりすることなく暖かく見守った。
『理解』ということがどれだけ大切かがこの映画でよくわかる。
それで相手の不都合な面も受け入れられるようになり、それぞれが少し楽に生きれる道を見つけることができたのだろうと思う。
少し解像度を落とした映像と、作り込みすぎない出演者たちの自然な演技で、まるで隣で起こっている出来事のように感じる。
原作は読んでないが、文字でこの物語を読むと、また違った思いが出てくるのだろうなということを想像させられる。
いつか読んでみたい。
この映画のことを忘れた頃に、読んでみたい。
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