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なつのおわりに

 9月はまだ夏をひきずっていた。家の中のエアコンはフル稼働で、外に出ると夏の空気が堂々と居座っていた。まだ遠くの空には入道雲があるというのに、赤とんぼが目の前を行ったり来たりしている。

 やり残した宿題を数えるように、今年もまた少し落ち込む。毎年夏に期待をしすぎる悪い癖。結局今年も何も起こらず、夏は終わった。

 などと感じていたのは若かりし頃のこと。ここ数年は夏の終わりに寂しさなど微塵も感じない。むしろ、早く終わってほしいと思っている。

 「なつがおわっちゃうから!」と姪が慌てて出してきた花火は少し湿気ていた。ぱちぱちと乾いた音をたてながら燃える花火を眺めながら「なつがおわっちゃうのいややなぁ」と姪が言う。「そうか、いやか。でも秋もええよ、紅葉きれいやし。もう夏さんに帰ってほしいわぁ」と言うと姪は「紅葉なんてぜんぜんおもしろくないし」と言う。そりゃあそうだ。5歳児に紅葉の良さが分かってたまるかと思う。子供は「動」に惹かれる生き物だ。とにかく動くものが楽しくて仕方がない。夏はまさに「動」の季節だ。大人は逆に「静」に惹かれる生き物。トンボは追いかけるものではなく、そっと曼珠沙華に止まったそれを眺めるものである。故に「静」の季節である秋が待ち遠しくて仕方がないのだ。私にもかつて、姪のように「動」を好む時分があったはずなのに、それを上手く思いだすことができないでいた。

 燃え尽きた花火がぽとっと地面に落ちる。辺りが暗くなる。「おわっちゃった」と寂しげに姪はつぶやく。夏さんよ、もう少しこの子のためにここにいてやってくれと私は思う。夏のおわり。

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