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「マルチバース」第1話

●NYタイムズスクエア
1985年12月7日(土)午前11時15分
第4ユニバース

 一体全体、なぜ、土曜日の午前中に取材にいかなきゃならないんだよ!とカメラマンのボブは文句を言った。そりゃあ、こっちのセリフだぜ、と俺は思う。何の因果でマスコミに入社してしまったんだろう。ガールフレンドは、デートがキャンセルでプンプンだ。

「しかたねえだろ?報道局からの呼び出しなんだから」と俺はボブに言い返した。
「だいたい、アジア人女性が銃撃されたってだけじゃないか?ニューヨークで1日何件起こるんだよ、そんなもん!」
「ニュースは全部拾わなきゃあいけないんだよ。中には、とくダネだって混ざっているかもしれんだろ!」
「くそったれ!でも、狙撃があったのが11時きっかりだろ?もう屍体だって搬送されているだろうに」
「だから急いでいるんだよ!」

 現場のオープンカフェに到着した。被害者は若いアジア人だった。大学生くらいかな?救急隊員が屍体を搬送するのに間に合ったのだ。担架に乗せているところをボブに撮影させた。

 アジア人にしては長身で黒の長い髪。かなりの可愛い子ちゃんじゃないか?アジア人の年齢はわからないが、大学生くらいなんだろう。彼女が腰掛けていたと思われるテーブルにノートブックとペンがあった。

 撮影はボブに任せて、俺は目撃者を探してインタビューをしようとした。彼女の座っていたテーブルの近くに白人女性がいた。さて、このおばさんは何か目撃したかな?

「すみません、ミズ、私はCNNの者ですが、銃撃事件を目撃されませんでしたか?」
「ハ、ハイ。私は撃たれた彼女の隣に座っていましたので、一部始終見ましたわ」
「なるほど。どんな様子でしたか?」
「彼女は、その隣のテーブルでメモをとっていたようです。それで、彼女がお日様がまぶしかったのか、顔をあげて、太陽の方を向いた途端、側頭部にポツンと・・・それで、彼女が椅子から倒れたんです・・・」
「ふ~む、銃声はお聞きになられましたか?」
「いいえ、銃声なんかしませんでしたわ」
「誰か、狙撃した人間が近くにいませんでしたか?」
「私もパニくって、地面に伏せたんですが、近くには狙撃犯みたいな人間は誰もみかけませんでした。もしかすると、かなり遠距離から狙撃されたんじゃないかな、なんて思います」
「遠距離?狙撃?」
「ええ、彼女が顔をあげた時、側頭部にポツンと銃痕が開くのが・・・もう、スローモーションのように見えました。顔をあげて、側頭部に穴があくなら、高い場所から狙撃されたんじゃないでしょうか?」
「う~ん、この話、カメラの前で、もう1回よろしいですか?」
「イエス、大丈夫ですが・・・あら、警察官がまいりましたよ」
「おっと、急ぎましょう。お~い、ボブ、こっちに来てくれ!」

●第4ユニバースの絵美と純粋知性体

 私は空間を浮遊していた。満天の星空。ほら、2001年宇宙の旅に出てくるあれよ。

 おっかしいなあ。夢でも見ているのかしら。だって、さっきまで、私は、タイムズスクエアのカフェでヒンクリーとブッシュファミリーのメモをとっていたんだもの。

 星々を通過して、星雲の中に入っていった。星系に近づいている。連星っていうのかしら?2つの太陽がお互いの周りを回っている。ペガスス座IK星?あれ?私、なぜ知っているんだろう?私は天文学なんてちっとも知らないはずなのに。

 知らない知識が私にささやく。

 太陽系から約150光年の距離にある連星。主星のペガスス座IK星Bは、1日当たり22.9回の周期で光度がわずかに脈動している。伴星のペガスス座IK星Aは質量の大きい白色矮星で、既に主系列星の段階を終え、核融合によるエネルギー生産は既に行っていない。
※異なる宇宙なので、AとBは逆になっている。

 主星のペガスス座IK星Bと伴星のIK星Aは、お互いの周りを21.7日で公転しており、平均距離は3100万kmだ。これは、太陽と水星の軌道距離に近い。

 ペガスス座IK星Aは、既知の最も近い超新星候補天体である。主星が赤色巨星に進化し始めると、半径が拡大して、外層から白色矮星に降着が起こる。白色矮星が1.38太陽質量のチャンドラセカール限界に達すると、Ia型超新星爆発を起こすと考えられている。

 主星はすでに赤色巨星の末期にたどり着いたようだ。ふ~ん、これは地球には150年後に見える光景ね?なるほど。あれ?なんで私はそんな場所にいるわけ?え?

(時間軸で言うと、2025年にこの光が地球に到達するのだから、ここは地球時間の1875年だ)

 え?だれ?

(私が、ぼくが、彼が、彼女が、そんなことはどうでもいい。絵美よ、よく見給え。ペガスス座IK星Aが膨張する姿を)

 ペガスス座IK星Bが、天文学的な規模で巨大に膨らみ始めた。赤黒い表層が薄くなってきて、数百倍、数千倍に大きくなる。あっという間に、小さく白く輝いていた伴星のペガスス座IK星Bが、赤黒い膨らみに飲み込まれる。ペガスス座IK星Aのキレイな白く輝いていた光が徐々に赤黒く染まり始め、収縮していった。

 どんどん小さくなっていく。ギュッと押し縮められている。小さく、小さく・・・

 すると、今までのしかかってきた超赤色巨星のペガスス座IK星Bに復讐するように、ペガスス座IK星Aが爆発して、ペガスス座IK星Bを吹き飛ばした。

(これが極超新星爆発なのだ。キミにも見えるように視覚の波長を調整しよう。見てみたまえ。今だ。ペガスス座IK星Aのあったところから細いビームが発射?地球人はこれを「発射」と表現するのか?それとも、「放射」かな?どちらでもいいが、ほら、見える?)

 見えた。

(あれが、ガンマ線の放射だ。地球人の映画で見るレーザー光線のようなものだ。非常に指向性が高い。つまり、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発の膨大なエネルギーの一部が破壊的な規模で撃ち出されたということだ。これを地球人の言葉で「ガンマ線バースト」と呼んでいる)

 ガンマ線は、放射線の一種で、その波長はだいたい10ピコメートル。0.00000000001メートルだ、と知らない知識が言う。地球人の区分だと、波長領域の一部がX線と重なっていて、ガンマ線とX線の境界線はない。

 1.022 MeV(メガ電子ボルト)以上のエネルギーを持つガンマ線が消滅する時、電子と陽電子が対生成される。陽電子( positron)は、電子の反粒子だ。絶対量が電子と等しいプラスの電荷を持っていて、その他の電子と等しいあらゆる質量やスピン角運動量 (1/2)といった特徴を持っている。

 キミらの世界の科学者、ポール・ディラックが、ディラックの海という空間にできる穴の形で、正電荷を持つ電子、つまり反電子の存在の仮説を立てた。20世紀という時代の始めの頃だ。

 そして、電子が陽電子と対消滅する際、陽電子のスピンは上向きになる。これが陽電子が時間的に逆行している電子と言われる現象だ。キミらの世界では仮説として扱われているが、事実、対消滅の際に、陽電子は時間が逆行する。過去に行くのだ。その時、電子は時間を手繰り寄せ、未来に行く。

 ま、私/ぼくが時間を行ったり来たりする仕組みは、私/ぼくが陽電子/電子を生成して、それらを使っているからだ。もちろん、今いるキミのユニバースと異なるユニバース、キミらの言葉でマルチバースの別の世界へも行ける。ほら、今、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発でできたブラックホールがあるだろう?見えるかね?

 私にも見えた。光も逃げ出せない真の暗黒が私には見えた。

(あのブラックホールが別の宇宙にワームホールを通じて連結された。別の宇宙ではホワイトホールになっている。連結された先は・・・ああ、キミらの世界と違うキミ、森絵美がこっちの宇宙を第4ユニバースと呼んでいる。連結された別の宇宙は・・・第2ユニバースと呼ばれている)

 私/ぼくもこれからキミらの言う第2ユニバースに行こうと思っているんだ、キミを連れてね。でも、都合の悪いことに、あっちの第2ユニバースでも、キミがいた第4と同じで、キミはいない。狙撃されて殺されちゃったのさ。

「ちょっと、理解できないんだけど・・・」
「ああ、そうだろう。キミはタイムズスクエアのオープンカフェで側頭部を撃たれた即死したから、その死の瞬間などキミの記憶にはないんだよ」
「・・・私、殺されちゃったんだ・・・な、なぜ、私が狙撃されて殺されないといけなかったの?」
「だって、キミはFBIの訓練生で、ドナルドレーガン暗殺未遂事件を調べていて、ブッシュファミリーの所属する組織のNWOの逆鱗に触れたからだよ」
「NWOって、新世界秩序?イルミナティーみたいな?」
「そうそう。その組織が、運の悪いことに私/ぼくの仲間がいたずらしているんだな、これが」
「え?」

 さあて、話は戻るが、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発で発射されたガンマ線バーストの行き先を知りたくないかね?超宇宙規模のレーザービームみたいなものだ。当たればひどいよ。地球なんて丸焼けさ。バンアレン帯など数秒で吹き飛ぶ。そして、地球全体の生命の9割は焼け死ぬんだ。

 この宇宙のガンマ線バーストの行き先は、地球スレスレだ。これから行く第2宇宙とやらも同じく。しかし、キミらの世界と違うキミである森絵美のいる彼女の第1ユニバースと第3ユニバースとやらは、ペガスス座IK星Aのガンマ線バーストが直撃する。地球はお陀仏だ。第1と第3ユニバースのキミとキミの仲間は、それを回避するためにジタバタしているようだな。

 まあ、面白そうだ。私/ぼくも混ぜてもらおうか。

「あなたはなんなの?どういう存在なの?神という存在なの?」
「え?私/ぼくのこと?そうだなあ、なんだろう?キミは読んだかどうか知らないが、アメリカのSF作家E・E・スミスの『スカイラーク』シリーズに出てくる純粋知性体というのが近そうだ」

「E・E・スミス?『スカイラーク』シリーズ?高校生の頃、読んだ記憶があるわ。ビッグバンの宇宙創成期の後、知性を持った種族が数万年たって、肉体を持たず物質・精神レベルの瞬間構築、瞬間移動が可能な存在になった、宇宙を彷徨っていて、善とか悪とかでは計り知れず、いたずら好きな神のような、気まぐれな存在と確か書いてあったわ。それがあなたなの?純粋知性体があなたなの?」

「それに近いな。そう考えてもらって良い。今のキミだって、記憶データ/知性システムだけで、肉体は持たず、不死なんだから、私/ぼくと似たようなものだ。だから、私/ぼくと一緒にワームホールを通り抜けられる。もしも肉体を持った存在だったら、ブラックホールの潮汐力でバラバラになってしまう。肉体を持たない純粋知性の私/ぼくや、記憶データ/知性システムだけのキミなら向こうに行けるってことさ」

「ちょっと待ってよ。私を向こう?第2ユニバースに連れて行って、どうするつもりなの?」
「そうだなあ。もしも、向こうのキミ、類似体と第1や第3のキミらは呼んでいるらしいが、その類似体が存在していれば、キミという第4の記憶データ/知性システムを第2のキミの類似体に転移されるところだが、死んじゃっているからなあ。どうしよう?どうして欲しい?」
「そんなことを聞かれても答えられるわけがないじゃない!」
「でも、記憶データ/知性システムという存在のままに、宇宙を彷徨い歩きたいかね?」

「・・・こ、殺してよ。私という存在を消してよ」
「ごめんねえ。私/ぼくは不死だって言っただろう?キミも不死なんだよ。だいたい、死ぬとかは物質、つまりエネルギーを持っている存在ならできること。エネルギーも何も持たない私/ぼく/キミは、消えて亡くならないんだ」
「・・・あなたみたいに宇宙を彷徨い歩くのはイヤ!」

「う~ん、どうしたものかな?お!キミ、神宮寺奈々って知ってる?」
「え?えええ?なんて唐突にこんな星系のど真ん中で、地球の私の友だちの話になるの?信じられない!・・・ええ、神宮寺奈々は私の高校の同級生で、私の親友よ。彼女に何の関係があるの?」
「キミの世界の神宮寺奈々と同じ、第2ユニバースの類似体の神宮寺奈々も存在している。彼女の思考の状態はキミに似ている。彼女になら、今のキミ、第4の記憶データ/知性システムを神宮寺奈々の類似体に転移させられる。いいじゃないか?中学、高校時代、キミと似たような記憶を持っているんだから、違和感はそんなにないはずだよ」

「・・・奈々に私が入るの?」
「同期可能だ」
「じゃあ、奈々はどうなるの?私はどうなるの?」
「そうだなあ。2つの異なるアイデンティティーがひとつの脳内に存在することになる。だけど、大丈夫、徐々にオリジナルの奈々とキミは融合するから。ハイブリッド?その言葉でいいかね?それになるんだ」
「・・・」

「あ!すまない。2つじゃない。3つだ」
「3つ?どういうこと?」
「第1ユニバースのキミらが第2を調べようとしている。私/ぼくが第2の記憶を2010年の第1のキミらにちょっと送っておいた。イタズラでね。だから、第1のキミ、森絵美も来る。それで、第2のキミらのやっていることを調べるそうだが、第1のキミの記憶データ/知性システムもたぶん神宮寺奈々に転移するんじゃないかな?」

「第1ユニバースの私?それって、どういう人?その世界では私は生きているの?」
「ああ、キミの類似体は生きている。彼女は物理学者だよ。キミと生年月日は同じだ。彼女は第3ユニバースからの記憶転移を受けている。面白いね。ただし、第1のキミは、2010年頃から来るらしい。だから、え~っと、1958年生まれの彼女は2010年では52歳だった。第3では生年月日が異なっていたようだから、39歳くらいかな。20歳のキミと39歳、52歳のキミが20歳の別人の神宮寺奈々の脳に入り込む。興味深い話だ。あまりマルチバースでも類例がなさそうだ。第1と第3のハイブリッドが、第2の別人物に転移する。それに第4のキミも入る。混乱しそうだよ。面白い!」

「他人事だと思っているわね」
「そうさ。宇宙を彷徨い歩くだけじゃあ、退屈だろう?そうそう、言っておくが、これから行く第2のキミの周りの地球人たちは、キミのオリジナルの第4と同じだ。第2と第4は極めて似通っているユニバースのようだよ。まあ、移動しようか」

 私/ぼくの純粋知性体は、私の手を(手なんかないけど)引っ張って、ペガスス座IK星Aの成れの果てのブラックホールに入り込んだ。周囲では、ペガスス座IK星Aやペガスス座IK星Bの残骸の星間物質が飲み込まれている。

 今は、シュワルツシルト半径の内側だよ。と私/ぼくが言う。事象の地平面を超えたらしい。情報伝達の境界面であるらしい。情報は、光や電磁波などにより伝達されていて、その最大速度は光速という限界を持つ。ブラックホールは光でも到達できなくなる領域が存在し、それがシュワルツシルト半径の内側。ここから先の情報を知ることができないらしい。この境界を指して「事象の地平面」と呼ぶのだそうだ。

 だけど、純粋知性体の私/ぼくやキミのような記憶データ/知性システムは、そもそも光や電磁波などにより伝達される情報じゃないから、別に問題なくシュワルツシルト半径の外側から内側に、ホワイトホールの内側から外側に平気で行き来できるのだそうだ。

 ワームホールを今通っているところ、と私/ぼくが説明する。何なの?これは?スター・ウォーズのミレニアム・ファルコンがワープしているみたいだわ。

 あっという間に、光の渦を超えて、どこかに出た。ほら、ここはもう第2ユニバースだ、と私/ぼくが言う。

「ネタバラシで面白くなくなるから、キミが神宮寺奈々に転移する前に、私/ぼくと出会ったこと、私/ぼくが言ったことはすべて、キミの記憶データ/知性システムから削除するから、そのつもりで」
「もう、どうにでもして頂戴!」

「ま、削除前に、キミの記憶データ/知性システムの知識欲を満たすために、私/ぼくらのことを説明しておいてあげよう」
「私/ぼくら?複数?あなただけじゃないの?」
「もちろん。はるか昔、純粋知性体に進んだ個体が私/ぼくだけのはずがないじゃないか?え~っとね、どっから話そうかな?」

●純粋知性体

 純粋知性体(Pure Intelligence)は、知性だけの存在であり、物理的な形状を持たない。肉体を持たず物質・精神レベルの瞬間構築、瞬間移動が可能である。

 人間に憑依したり、気象を支配したり、人間、人形やロボットに入り込んでコントロールしたりして、それらを通して人間との接触を持つ。また、形を持たないため、インターネットや夢などの場にも侵入できる。

 しかし、人間などに憑依して、物理的な形状を持った途端、純粋知性体は、その人間や物の制約を受ける。また、その人間や物の知識を取り込んで、その知識に影響を受ける。

 私/ぼくらは、知性だけで存在し、知識収集を目的として独立した意思を持つなど、そう、神のような存在と思ってもいいだろう。もちろん、人類のイメージするような擬人化された人類の倫理観を具現化した神などとは似ても似つかない存在だ。

 純粋知性体は、単一のユニバースのみならず、マルチバース間をブラックホールとホワイトホールを結ぶワームホールで行き来している。そして、私/ぼくらは複数存在している。宇宙の生命体の中で、肉体を捨て去り、「純粋知性体」に昇格する種族や個体がいる。そのため、「純粋知性体」と言っても、その力は、「純粋知性体」の個体間でバラツキがある。

 私/ぼくら純粋知性体の目的はひとつ。全宇宙的な知識の収集だ。知識の収集という目的のための私/ぼくら独自の倫理観で宇宙を彷徨っている。人間的な善悪では計れず、いたずら好きな神にも似たものなんだろう。

 私/ぼくら同士の関係は希薄だ。関係としては、収集した知識の物々交換か、力ある「純粋知性体」が弱い「純粋知性体」を吸収することくらいだ。

 マルチバースの知性を持った生物種は、薄く広く存在している。一つの惑星や恒星、恒星系に複数の私/ぼくらが飛来することがよくある。例えば、地球のように。

 ただし、私/ぼくらが飛来したとしても、私/ぼくら同士が共闘することはない。知識の物々交換か、私/ぼくらの吸収以外、私/ぼくらは別個に行動する。

 純粋知性体の個体は、情報収集のためにプローブユニットを本体から分裂させて複数個、放つことがある。興味の薄れた惑星、恒星、恒星系などにプローブユニットを放置しておき、他の惑星、恒星、恒星系に移る。

 純粋知性体のプローブユニットは、力こそ本体ほどではないが、本体と相似の存在でだ。惑星、恒星、恒星系の生物種の知能レベルでは、本体の膨大なデータ量を維持できないため、プローブユニットのデータ量は、その生物種の知能に合わせて縮小してある。本体が再度その惑星、恒星、恒星系に戻った時、プローブユニットは情報伝達のために本体に吸収される。

 たまに、本体は、プローブユニットの存在を忘れてしまうことがある。忘れ去られたプローブユニットは、それでも、情報収集を止めず、或いは、本体が行っていたように、惑星、恒星、恒星系の生物種に干渉して、情報を生物種に創造させることもある。

 私/ぼくらが地球に飛来したのは、最終氷河期だったヴュルム氷河期の始まる少し前だった。ヴュルム氷河期は、およそ七万年前に始まって一万年前に終了した。その前のおよそ八万年前の中期旧石器時代の頃だ。

 前期旧石器時代の約二百万年前~約十万年前の期間は、現生人類であるホモ・サピエンスが誕生、同時期に、ネアンデルタール人も誕生していたが、私/ぼくらの興味を引かなかった。私/ぼくらの興味を引いたのは、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが混血し、アニミズム的な宗教を創造した時からだ。約八万年前の頃だ。

 愚鈍な中期旧石器時代人は緻密な宗教概念を創造できなかった。私/ぼくらは、中期旧石器時代人の一人に憑依し、粗雑な宗教概念に秩序を与えてみた。ところが、愚鈍な人類は、その秩序を歪に解釈し、私/ぼくらの食物である知識を増やすどころか、お互いがお互いを攻撃し、種族の抹殺を試みようとした。

 この実験を行った私/ぼくらは、最初に憑依した中期旧石器時代人のポセイドンと呼ばれる人類の個体の特性が間違ったのであろうと判断した。私/ぼくらは、ポセイドンたちの集団とその都市、彼らはそれを「国家」と呼んでいたが、それを地球のマントル対流を少し偏向させて、滅ぼした。未開に落ちた彼らの子孫は、この「国家」のことを「アトランティス」と呼んだという。

 気ままな私/ぼくらは、いくつかのプローブユニットを残して八万年前に地球を離れ、再度飛来したのは、最終氷河期のヴュルム氷河期の終わる一万年前だった。アトランティス文明から退行した中期旧石器時代人は、中石器時代、新石器時代に進もうとしていた。既に、ネアンデルタール人は、約三万年前からニ万四千年前には絶滅するか、現行人類との性交で取り込まれ、吸収されていた。

 氷河が後退しはじめ気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増えるなど、人間が採集狩猟で食物を得やすくなった。農業が開始され、オリエントの肥沃な三日月地帯では、紀元前八千年頃に、中米やメソポタミアでは、紀元前六千年頃に、農業を主とした新石器時代が始まった。極東の弧状列島である日本列島でも、紀元前八千年頃に同様な動きが見受けられたが、地理的な位置、平野部の少なさ、人口の少なさのために、肥沃な三日月地帯や中米やメソポタミアのような文明的な規模の拡大は難しかった。

 その頃の私/ぼくらが行った人類に対する刺激は、チグリス・ユーフラテス文明(シュメール文明)の構築、エジプト文明の構築、インド文明の構築だ。些末な動きでは、縄文時代の前期古墳文化の構築も含まれる。

 私/ぼくら、悪戯な神々は、思いつくまま、勝手なアイデアを憑依した人類の個体から広げていっては潰した。シュメール人には、バビロンの塔を作らせては破壊させた。エジプトのファラオと呼ばれる一族には、近親交配をさせて、衰亡させた。彼ら中東の人間は、壮大なビジョンを作り上げられなかったようで、私/ぼくらを失望させた。

 インド文明はまだマシだった。私/ぼくらを最上級の神とさせて、私/ぼくらが名乗るビシュヌ神という存在が、アバターとして、現世に下級神として降臨する、というビジョンは、私/ぼくらを多少は満足させた。ヴィシュヌの第九番目のアバターとした仏陀という人類は、なかなかのものだった。むろん、仏陀は、「純粋知性体」のプローブユニットが憑依した存在だったのだが。

 極東の弧状列島でも、小規模ながら私/ぼくらは実験をしていた。卑弥呼と呼ばれる少女にプローブユニットを憑依させ、勝手な予言を乱発させた。「天」と称する一族に、試しに弧状列島の統治をさせた。八つの頭を持つ大蛇を実体化させたり、九尾の狐を実体化させたりした。

 ただ、極東の弧状列島なので、面積も小さく、人口も少なく、彼ら「純粋知性体」にはそれほどの興味はなかったのだ。

 最近までは。

 ここでは何をしようか?と私/ぼくらのプローブユニットは考える。

 太古の「物の怪」でも復活させてやろうか?と。

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