東大生が考える「英語を学ぶ理由」とは?
2020年度から小学校の英語(正確には「外国語」)の授業が必修となりました。あなたは、もし「なぜ英語を学ばないといけないの?」と聞かれたら、どうお答えになりますか?
多くの人は「英語を学ぶ理由」をこのように考えているのではないでしょうか。
①「技能」を習得する
↓
②「外国人」とコミュニケーションを取れる
しかし、これにはいくつかツッコミどころがあります。
まず、機械翻訳が発達すれば「技能」を習得しなくても「外国人」とコミュニケーションを取ることはできるのではないでしょうか。最終的な目的が「外国人」とコミュニケーションを取ることなら、英語を学ばなくても、同じ目的を果たすことができてしまいます。
さらに、全ての日本人が「外国人」とコミュニケーションを取る必要はあるのでしょうか。グローバル化が進んでいるとはいえ、日本にいれば、生涯で外国人と接する機会がほとんどないということも珍しくないでしょう。そもそも「外国人」とコミュニケーションを取るという最終的な目的からズレているのです。
私は「英語を学ぶ理由」をこのように考えています。
①「思考」を習得する
↓
②「人」とコミュニケーションを取れる
順番にご説明します。
①「思考」を習得する
まず、英語を学ぶ中で習得すべきなのは「技能」ではなく「思考」です。「技能」は機械で代替が可能ですが「思考」は人間にしかできません。
英語を学ぶことで習得される「思考」は、一言で表せば相対化です。自分のものの考え方を絶対視すると、相手のそれを軽視して軋轢を生むことにつながりかねません。日本人どうしでも、さらに言えば友達や家族どうしでも、ものの考え方は多かれ少なかれ異なります。「自分のものの考え方は無数に存在するものの考え方の一つにすぎない」と相対化することは、どんな人と接するときも必要なのです。
そして、ものの考え方と密接に関連するのが言語です。たとえば、日本語では相手に応じて自分のことを私と呼んだり僕と呼んだり俺と呼んだりしますが、英語ではいつでもIと呼びます。これを学ぶことで、相手に応じて一人称を変えるのが普通だというものの考え方が、世界共通ではないと気づけます。だから、英語を学ぶことで、自分のものの考え方を相対化することができるのです。
②「人」とコミュニケーションを取れる
この相対化が、外国人、日本人を問わず「人」とコミュニケーションを取ることにつながるのです。和訳や英訳をするとき、一単語ずつ意味を確かめながら文を作るでしょう。もし英語を学ばなかったら、このように自分の言葉を客観的に分析することはなかったのではないでしょうか。
言葉は他者に伝わらなければ意味がありません。自分の言葉が他者に伝わると主観的に判断しても、本当に伝わるとは限りません。他者に伝わる言葉を組み立てるには、自分の言葉が他者に伝わるかを客観的に判断する必要があるのです。そのためには、自分のものの考え方で組み立てた言葉を絶対的に正しいと考えてはいけません。
だから、自分のものの考え方を相対化することで、他者に伝わる言葉を組み立てられるようになるのです。他者に伝わる言葉を組み立てられないと、相手が外国人であれ日本人であれ「人」とコミュニケーションを取ることはできません。「人」とコミュニケーションを取ることは、誰にとっても必要なことです。だから、誰にとっても「英語を学ぶ理由」があるのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?