絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #69
「はぁーよっこらせっと」
輻射光の乱舞に眩く包まれた甲板で、ギドはのんびりと立ち上がった。リクライニングチェアに立てかけられていたセミオートライフルを手に取る。
「せめて伏せていてもらえませんか〈クーニアック〉」
「おい、まだ遠いよ。もっと前に出しな。あたしが酸欠でくたばってもいいのかい?」
乙零式は処置なしとでも言うように首を振り、操舵室に詰めている〈帰天派〉の重サイバネ聖戦士に無線指示を飛ばす。
罪業駆動式飛行艇は加速し、遠近感が狂うほど巨大な甲零式に急接近した。
誤射を恐れたか、全方位からの光の驟雨が一斉に止む。
「はい換気」
「あ、はい」
正十六面体が消失。気流が復活し、ごうごうと鳴る。
《おかあさん! おかあさん!おかあさん!おかあさん!》
即座に大小無数の手がうねりのたうちながら殺到してくる。
「黙れよ。昔っから思ってたけど、お前泣けば許されると思ってるよね。被害者面だけが達者っていうかさぁ、控えめに言ってクズだよね」
乙零式が前に踏み込んで光の斬撃を放つも、アメリの魂から成形される罪業ファンデルワールス装甲には焦げ跡程度しかつかない。
それでも、固体じみた密度の電磁波によって発生するローレンツ力が巨腕の海を吹き飛ばし、追い散らす。
「く、〈クーニアック〉、どうされるつもりなのですか!」
「あぁ、このへんでいいよ。ご苦労ご苦労。後で飴玉くれちゃる」
言うや、ギドはいきなり己の眼窩に指を突っ込んだ。
眼球を抉り出す。
出血はない。出てきた目玉に視神経もついていない。義眼だ。
「とっくりと味わいな、アメリ。お前の罪の根拠、今からドタマにくれてやるよ」
空っぽになった眼窩の奥から、何かが迫り出てきた。
罪業場収束器官。
「あなたは……〈原罪兵〉だったのですか?」
「あ? 馬鹿言っちゃいけないよ。思考警察にとっつかまるような間抜けに見えるかい? こいつは自前さ。罪業場ってのは〈原罪兵〉だけのものじゃねーんだよ。罪を重ねりゃ誰でも出せる。しかるべきモノを埋め込めばね」
老婆の右眼窩から、黄金に輝く気体があふれ出てくる。まるでドライアイスの湯気のように足元にわだかまり、広がる。
「それにな、これはアタシの罪じゃねえよ。アタシの夫と、孫の罪だ」
「は……?」
――罪業場とは、何か。
それは罪業変換機関とは何の関係もない、完全に別系統の技術である。
罪を熱に変換するのではなく、罪によってごく狭い範囲の物理定数を歪める現象。
それは、果てしなく規模を縮小させた第一大罪とでも言うべきものだった。
例えば、不壊の壁。例えば、重力を拒絶する空間。例えば、時間軸を寸断する黒い炎。
罪業とはすなわち形而上的不均衡であり、ふさわしい報いを受けるまでの間、落差を生み、流動を生むものである。
ふさわしい、報い。
それは被害者自身による制裁である。被害者以外の者が制裁を加えても、それは正当な報いではない。被害者が本当のところ何を考えていたかなど被害者以外にはわかりようがないからだ。
――ゆえに、殺人の罪は原理的に「ふさわしい報い」を加えることができない。
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