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終極決闘 #5
そうした心地よい衝撃が去ったあと、汚染幽骨の肉体の中に、残るものがある。
きらきらと、もろく儚い、孤独さの残り香。
ヤビソーの、肉の中から込み上げてきたもの。
哀切と、守りたいという想い。
弱さを愛するという心に、ヴォルダガッダは初めて触れ、理解し、価値を認め――それゆえに斬り殺すと約束した。
価値を認めるがゆえに。
感得した。
命の尊さを。
かけがえのなさを。
慄く。
自分は今まで、なんということをしてきたのか。
なんと大それたことをしてきたのか。
本当に、愚かだった。
ヤビソーが怒るのも当然だ。
まったく、どうして今まで気づかなかったんだろう。
オレが今まで奪ってきた命の中に、価値のない、消えてもどうでもいいようなものなど、ひとつもなかったのだ。
それぞれの命に、それぞれの感動があったのだ。
意味があったのだ。
可能性があったのだ。
それを、俺は、煩わしいからと、もののついでのように、軽々と、殺してきた。
価値あるものを、価値ありと理解もせずに、雑に、淡々と、殺し続けてきた。
命は尊いものである。それを奪うのは途轍もないことである。
なのに、オレは、本当はそこにあったはずの感動に気づきもせず、つまらんつまらんと阿呆のように繰り返しながら、顧みることもなく、その価値を踏みにじり続け、あぁいつか強敵が現れないもんか、などと受け身の態度でこの世界をナメ腐っていたのだ。
ヤビソーの見る世界は、こんなにも輝いているのに。
甘ったれていた。そのことを、思い知らされた。救いはこんなにも近くにあったのだ。
こいつは、なんとまっすぐな剣理を振るうのだろう。
背負ったものが違う。受け止めてきた感情のケタが違う。俺より遥かに多くの者たちの想いを抱きしめ、それを昇華している。
――オレも、背負うよ。
もう、遅いかもしれないけれど。
殺してきたすべての奴らから、何をいまさらと嘲笑われそうだけど。
それでも、背負うよ。
殴り殺し、捻り殺し、焼き殺し、斬り殺し、刺し殺し、縊り殺し、踏み殺し、食い殺してきた、すべての命の、すべての想い。これまで打ち捨ててきた、宝石のようにキレイなその欠片のひとつひとつ。
拾い集めて、背負うよ。
それが、マジに殺すということだから。
――オレも、お前のいるところに行くよ。
すべて、背負う。そしてそれを重心と成す。
オレと出会うまで抱いていた希望、オレと出会ったことで迎えた絶望、オレに対して向けられた呪詛と怨嗟。苦悶。恐怖。憎悪。
そのすべてを受け止めながら。そのすべてを抱きしめながら。
この身を満たす虐殺の法を、刃に宿らしめる。
重心と成す。
世界はこの剣を中心に回っている。オレが剣を持っているのではなく、剣がオレであり、オレは柄から汚染幽骨の肉体を生やしている。
だからこそできることもある。
敬虔なる殺意を込め、三十二手目を放つ。これでヤビソーを殺し、その想いのすべてを背負えるなら、もうこれですべての力を使い果たして死んでもいい。放つたびに体重が減ってゆく、そのつもりで放つ閃撃。
軽い手ごたえとともに、斬撃軌道がわずかに歪められる。
あァ、見事だ。
オレの太刀筋を見切り、最小限の力で受け流した。かすっただけでも挽肉になるであろう運動量を、傷一つ負わぬまま凌いだ。
だが――わかっているぞ、ヤビソー。確かに無傷だろうが、体勢が一切崩れないなんてことはあり得ない。そこまでナヨい攻撃を放ったつもりはねえ。
体幹が揺らぎ、次の行動を始めるまでに一瞬の遅延が生じる。そこに間髪入れず次の一撃。するとさらに体勢が揺らぐ。そうして少しずつ遅延に遅延が積み重なり、やがて対処が不可能になる。
だが、もうまどろっこしいのはやめだ。
『――今、殺すゼ。凌ゲやヤビソォォォォッ!!』
ぐにゃり、と。
ヴォルダガッダの全身が歪み、まるで吸い込まれるように魔導大剣へと取り込まれてゆく。
と同時に、切っ先の方で紅い汚染幽骨が膨れ上がり、大剣の刀身を掴む巨大な手へと変化。そこから手首、腕、肩、胴体と順に形成されてゆき、一瞬でヴォルダガッダの肉体を復元する。
そのまま、振り下ろす。自らの体重を込め、押し潰す。
血と肉が散華する。
当然だ。どれほどの剣才があろうと、否、あるからそこ、この変化は予測できない。
●
――勝ち筋というものを見いだせないうちに戦う者は、愚者であると同時に臆病者である。
たとえ勝てぬとわかっていても立ち向かわねばならないこともある――などと美談のように語られるが、そのような甘えた腹積もりで死線に立った者の末路は、無意味な犬死にと古今決まっている。ひとりよがりな逃避行動に過ぎない。そんなものを総十郎は勇気とは呼ばない。
――本当の勇気とは、勝ち目の有無で出したり引っ込めたりすべきものである。
総十郎は、この決闘に臨む際にひとかけらも迷わなかった。その判断は今でも正しかったと確信している。
この敵を、どうすれば完全に滅することができるのか。
真っ先に思いつくのは、魔導大剣の鍔元に埋まっているヴォルダガッダの脳髄を物理的に破壊することである。
だが――知能はともかく戦闘への嗅覚は並々ならぬものを持つ奴が、それを許すとは思えなかった。
ゆえに、手管の第二。
法則の書き換え。
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