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終極決闘 #6 終

  目次

 魔導大剣が本体であるなら、汚染幽骨は煉獄滅理の法を世界に押し付ける端末である。本体を直接どうこうするのは不可能だが、端末ならばいくらかやりようはある。
 問題は、汚染幽骨が外部からの呪術干渉に対してほとんど完全とも言える抵抗能力を持つ点だ。浄化なり呪詛返しなりの札を、ヴォルダガッダの表皮に張り付けたところで意味はない。あれは「巨躯のオークの形をした世界の境界面」であり、異なる世界に作用するような呪法は人の領域の御業ではない。
 で、あるならば、ヴォルダガッダが自分から猛毒を体内に取り込んでくれるよう誘導するしかあるまい。

 ――幽骨という存在の物理的な挙動には、大きく分けて二種類の異なるメカニズムが働いている。

 「運動」と、「拡大」だ。
 前者はわかりやすい。通常の物質と同じように質量を有し、作用反作用の法則を受け入れる動作挙動だ。他の物質と物理的に干渉するため、内部に霊符を潜り込ませることはできない。
 だが――後者。無から生じ、質量保存則を無視する形で支配領域を広げてゆく挙動。この「拡大」メカニズムで動く幽骨は、他の物質を透過して内部に取り込むことがありうる。
 総十郎は、エルフ騎士たちの幽骨剣を見せてもらい、柄しかない状態から一瞬にして刀身を生成する「拡大」挙動に対してさまざまな実験を行うことで、確信を持つに至った。

 ――ゆえに、これは必然。

 ヴォルダガッダが、自らの汚染幽骨にくたいの「拡大」的性質に気づき、それを戦術利用するであろうことを期待――否、信頼した。
 悪鬼の王が総十郎を信頼したように。
 魔導大剣の先端に、身代わり札を張り付けておいた。
 それを、奴は、取り込んだ。
 汚染幽骨の内部で、札が神韻短刀に変じるのが見えた。

オン――」

 外縛二火蓮葉。

 ――ロケイ ジンバラ アランジャ キリク。

 ヴォルダガッダの内部で、神韻短刀が唸りを上げ、真言を紡いだ。
 遍く世界に拡げんがため。
 本来は存在しえなかった綻びを、突く。

『――ギッ!?』

 魔導大剣の軌道が、変化した。
 総十郎は何もしていない。ヴォルダガッダ自身が、打ち下ろすのをやめたのだ。

「天魔外道皆仏性。四魔三障成道来。魔界仏界同如理。一相平等無差別。」

 いかなる大魔縁であろうとも、その魂の片隅に仏としての性を有し、成仏を求めるという概念。
 世の万物は、皆ことごとく仏へと至る長い道の途上にある――そのような仏教的宇宙観。
 それを、汚染幽骨の内部に植え付けたのだ。
 重々しい音を立てて、魔導大剣が転がった。銀糸で編まれた戦場に、力なく横たわる。

「おぬしは、生きている限り救われぬよ。口を湿すために塩を舐めてゐるようなもの。殺せば殺すほどに渇きは抑えがたくなってゆく。もはや自分が走り疲れておることにも気づけぬほどに。」
『オレ……が……ツかれてイる……?』

 刀身を震わせて応えた。
 ツカツカと総十郎は歩みを進め、神韻軍刀の柄頭に掌を当て、切っ先をヴォルダガッダの脳髄が埋まる宝玉に向けた。

「もう休め。子供は寝る時間である・・・・・・・・・・。」
『そウか……テメーがイうなら……ソうなのかもナ……』

 ある意味で赤子よりも、人間ではあり得ないほどの純粋さ。

『なァ、ヤビソー……オレ、もう無理しなクていいノか……?』
「一旦眠ってから考えよ。」

 そうして総十郎は、無造作に、気負うことなく、軍刀を押し込んだ。
 一直線に力を込められた切っ先は、宝玉を砕き、内部の脳髄を刺し貫く。

 その、瞬間。

 闇が、溢れ出した。

『……もウ……抑えなクて……いいのカ……? モう……我慢シなくて……いイのか……?』
「――ッ!」

 飛び退る。
 魔導大剣を中心に、黒く蟠る何かが、広がっていった。
 形状が、よくわからなかった。
 それは光を一切反射せず、遠近感も質感もなく、ただグネグネと蠢いていた。
 視界に空いた、黒い穴。
 そうとしか表現できないものが、そこにある。
 それは音もなく屹立し、明王のごときシルエットを形作り始める。

【続く】

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