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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #40

  目次

 ゼグは、なにが起こったのか、自分が今なにを見ているのか、まったく理解が及ばなかった。
 罪業ファンデルワールス装甲をブチ破ったこと自体にはそこまで大きな驚きはない。赤紫の電磁波遮断罪業場ならば、モノによっては機動牢獄に傷をつけられることもある。あのジアドとかいうトンチキな兄ちゃんがどういう性質の罪業場を発現させているのか知らないが、まぁなにがしか破壊する手立てはあるのだろう。
 そこは問題ではない。
 問題なのは、何故、どうやって、いつの間に、あの位置に移動したのか。そして――そしてなぜ、今この瞬間も自分のそばにジアドがいるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ゼグはカウンター席から機動牢獄どもの様子を見る。黒髪の青年が奴らの一人の胸板を抜き手で貫き、そのまま頭上に持ち上げ、漆黒の炎で焼き尽くしている。見る間に貫かれたクズ野郎が腐敗し、腐食し、風化し、原形をとどめない残骸となって爆散した。
 横を見る。
 ジアドはそこで「美味です。美味です」まだジャーキー食ってた。
 二人に増えている・・・・・・・・
「なん……だテメェ!!」
 一瞬の自失からいち早く立ち直った隊長とおぼしき機動牢獄は、一瞬で半透明の優美な長銃を構えた。
 慣性中立化、分子間力反転、電磁場形成、電磁波遮断、その他もろもろの性質を持った規格化罪業場が複雑かつ精緻に組み上がり、弾数無制限の究極の対人火器として完成した。〈原罪兵〉が振るう罪業場と違って応用性はまったくないが、その取り回しと殺傷能力は比較にならない。
 撃発音もマズルフラッシュもなく、罪業場弾体が射出される。連続して、超音速で。
 だが――青年の姿は消滅した。
 現れたときと同じく、何の前触れもない。
 罪業場弾体は酒場のメタルセル壁に命中し、変形。全方位に鋭い棘を伸長させてさらに壁を抉ったのち、消滅した。
「何だってんだよオイ!!」
 機動牢獄たちは狼狽している。
「ゼグくん、と言ったかね」
 唐突に隣から声がして、そちらを向くと、胡散臭いおっさん――クロロディスがのほほんと杯を傾けていた。
「おい、アンタの連れはいったい何なんだ。〈原罪兵〉なのか?」
「ふむ、その問いにはイエス、と答える他ないが、いやいやそんな下らない肩書でジアドくぅんを説明できると思ってもらっては困るネ。彼はこの世で唯一無二の存在さ。彼の精神構造の特異性は、その罪業場の性質に如実に表れている」
「美味でした」
 反対側で、当のジアドが言う。皿の上にはもう何もない。
 次の瞬間――ジアドは何の前触れもなく姿を消した。
 この世から、消滅した。
「この世界の理路整然とした時空間は、ひとつの原理によって強固に縛られている。時間は決して過去に流れたりはせず、未来の情報を現在の我々が観測することは不可能だというルールだ。これが破られた場合、ベタな話だがタイムパラドックスが発生するため、何らかの超越的な力によってそれはできないものと定まっている。その力の正体が何なのか、我々には計り知れないところではあるが、ふふふ、ジアドくぅんはこの「神の見えざる手」をかいくぐる裏技を身に着けているのだよ、生まれつきね」
 すると、再びジアドは元の席に姿を現した。
 別段、正確に測ったわけでもないが――その消えた時間は、さっき二人目のジアドが出現していた時間とまったく同じように思えた。
 冷たい汗が、ゼグの全身から吹き出てきた。
「彼は「観測者」ではなく、徹頭徹尾ただの「現象」なのだよ。ゆえに時間の不可逆性の原理から自由でいられる」

【続く】

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