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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #86

  目次

《どう? 苦しくない?》
「だいじょうぶなのですわ!」
《じゃあ閉めるよ》
 まず〈接続棺〉にアーカロトが入り、神経接続。それからシアラが横に身を横たえる。
 もともと〈接続棺〉は成人を月世界に葬送するために作り出されたものなので、二人で入っても手狭というほどではない。
 そもそも――シアラが隣に潜り込んだ時点で、アーカロトの意識はすでに肉体にはない。
 己の在りようが、それまでの脆弱で矮小な子供の肉体とは完全に隔絶した、全高六百八十メートル、三千四百トンの巨神と化していることを実感する。
 立ち上がる。その感覚の違いを無意識に微修正する。肉体操作感は、子供だった頃よりもむしろ軽い。大罪が発するエネルギーが膨大過ぎて、三千四百トン程度・・の重量を自在に動かすだけではまったく消費しきれないのだ。ふと、指先に空気の抵抗が粘度を帯びてまとわりついてくるのを感じる。アンタゴニアスは巨大すぎるため、末端部分が容易く音速を越えてしまうのだ。
 人間の肉体では受容できない、さまざまな感覚の洪水が襲い掛かってくる。世界が何百倍にも深みと奥行きを得たかのような、目まぐるしい心地。
「アーカロトさま、アーカロトさま!」
 胸の中で、ちっぽけなものがちっぽけなものの肩を揺らしながら慌てている。
《ごめん、シアラ。びっくりさせたね。僕は今そこにいない。いま、外の様子を棺の中に映すよ》
「え、……わぁ」
 頭部と体の各所、および絶罪支援機動ユニット各機に備え付けられた光学センサーからの映像を統合し、〈接続棺〉の内側に投影してやる。アーカロト自身は、これに加えて磁気と電波と放射線と罪業波によるレーダーと、振動センサーによる複合的視覚を得ていた。
 あたりは、〈美〉セフィラ特有の宗教的尖塔群が立ち並ぶ摩天楼であった。アンタゴニアス/アーカロトより背の高い建物は存在しない。足元に生える雑草程度の存在感だ。なるべく踏み潰さぬよう気をつけねばならないだろう。
《シアラ、作戦を説明する》
「は、はいですわっ!」
《君の血に宿る第四大罪ネフィリム・ブラッドを、絶罪支援機動ユニットからコマンドとして送り、〈無限蛇〉システムを掌握する。敵も同じことをしてくるからうまくはいかないだろうけど、とりあえずはアメリの邪魔をしてくれるだけでいい》
「えっと、えっと、どうすれば……?」
《今、インターフェースを構成してみるよ》
 シアラの目の前に、十個の罪業場リングが浮遊しはじめた。
《そこに指を入れて。感情を込めて身振りをすれば、絶罪支援機動ユニットたちは大意を理解して動いてくれるはずだ》
 もっとも、〈無限蛇〉システムへのソースコードを構成する練度においてシアラは完全に素人だ。アメリの暴挙をある程度抑制してくれれば御の字であろう。
 そう、思っていたのだが。
「あっ、あ……わぁ、えへへ」
 蜘蛛の節足が付随した胎児たちが、シアラの指揮で遊び始めている。飛び回り、ダンスを踊り、、脚を絡ませて回転している。
《……大したものだ》
 アンタゴニアスはグラビトンを拒絶して浮かび上がり、十分な高度に達するや、背面や膝裏のスラスターから黒紫の炎を猛烈に噴射し、〈教団〉の総本山へ飛翔した。

【続く】


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