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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #87

  目次

 七十三の仏塔ストゥーパと、五十の僧堂ビハーラ、七つの祀堂チャイティヤなどによって構成される伽藍都市が、ひとつの高層建築の中で全方位に伸びている。全高は七キロメートル強であり、予測される数十万トンの重量を支えるには、その基底部は貧弱すぎるように思えた。明らかに分子間力を補強する罪業場によって成り立つ構造物だ。
 つまるところ〈教団〉の総本山は、現在進行形で多数の罪人を収容し、動力源としているようだった。
 頂上に存在する最も大きな祀堂チャイティヤが蓮の花のように展開し、内部より邪悪なる千手観音の尊影を徐々に露わにしていった。
《アメリ・ニックラトル・ヴァルデス。至尊の天子たる「青き血脈」を複数人殺害、並びに付近住民への無意味で衝動的な虐殺行為により測定罪業値8928。君に贖罪の道は開かれない。ただその身を供物として捧げ、次代の礎となるべし――》
 無数の合掌の枝葉を茂らせた、厄災の菩提樹がアンタゴニアスの前に浮上してくる。白く無機質な指ひとつひとつが、塔と見まがうほどの雄大さ。関節部から紅い光が漏れ出ているほか、装甲面すべてに集積回路めいた溝が走り、同様の妖緋光が拍動していた。
 そうして――甲零式機動牢獄と、絶罪殺機は、対峙した。
《おかあさん……おかあさん……おかあさんの、においがするの……》
 会話、成立せず。
 アンタゴニアスはかぶりをふり、黒い甲殻に包まれた腕を振り上げた。鉤爪の備わった指先から、黒紫に艶めく直線状の罪業場が伸びた。
 その数、五条。全長一キロ程度の超次元的な刃だ。アンタゴニアスはこの一瞬だけ〈接続棺〉内への視覚情報の投影を切った。不用意に直視すると認識と精神に重大な損傷を引き起こしかねない色彩だからだ。
《――絶罪・執行――》
 振り、下ろす。
 アンタゴニアスが腕を繰り出した軌道の延長線上に、扇状に闇色の沙幕が残る。それは不安定な玉虫色の冒涜的な色を内部に孕んでおり、脈打ち、蠢いていた。右目と左目で異なる色を見た時に脳裏に現象される「不可能色彩」を、何倍も複雑かつ多次元的に拡張したものだ。
 直後――コペンハーゲン宇宙観を守護する神の見えざる手によって扇状の空間裂傷は閉ざされ、繕われ、後には何も残らない。だが、存在をやめた空間が元の嵩に回復することはない。この兵装を使うたびに、宇宙は少しずつ狭くなってゆく。
 剣状の下半身を持つ禍々しき千手観音の総身に、斜めに五条の切れ込みが入った。積みあがった皿が崩落してゆくように、音もなく崩れ落ちる。
 伽藍都市に、落下してゆく。数百メートルの規模の視点で見ると、自然落下の速度は非常にゆるやかだ。
 対神用斬伐兵装――〈空虚論考〉。
 極めて危険な力であったが、アンタゴニアスの兵装の中では効果範囲を限定しやすい部類であり、アメリを生かしたまま確保するには最適と思われた。
 だが。
 アンタゴニアスの振動センサーが異様な空間震を探知。〈美〉セフィラの全域から巨大な腕が生育し、周囲の高層建築を追い抜いて掌を一斉に黒き禍津神へと向けた。

【続く】

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