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死に拒絶されし者たち

  目次

 見る間に死霊どもは黒ずんだ灰の塊に変ってゆき、後続の仲間たちに蹴散らされていった。
 ようやく、スケルトンオークたちが次々と矢を放ってきた。しかし砦樹は一定間隔で防壁のごとく扁平な枝が生い茂っており、この後ろに身を隠すことでエルフたちは難を逃れる。死者も負傷者もなし。
 しかし――絶え間ない。恐らく弓兵部隊をいくつかに分け、射るタイミングを意図的にずらさせている。攻撃に間隔がないため、平民たちが掩蔽枝から顔を出せない。これはエルフを殺傷するためではなく、後続の主力が森に突入するまでの間、こちらの攻撃を封ずるための支援射撃なのだ。

 ――まずいな。

 当り前だが、昨日まで戦の経験などなかった平民たちだ。この状況で体を出して反撃できる度胸を持った者などそうそうおるまい。こちらの内情を知り尽くした、悪辣な戦術だった。

「ロンサール卿!」

 声に振り返ると、リーネ・シュネービッチェンが胸をゆさゆさ揺らして駆け寄ってくるところだった。

「戦況は!?」
「うまくない。平民たちが委縮しておる。異界の英雄どのらは?」
「そ、それが、ソーチャンどのからの伝言です。『禁厭法の浄化能力は破格ゆえ、援護は不要』とのことです」
「待て待て、来てはくれぬのか?」
「結界だけでアンデッドの相手は十分すぎるので、別の脅威に備えて待機していました」

 リーネは少しばつの悪そうな顔をする。

「だ、大丈夫ですよ! ソーチャンどのもフィンどのもレッカも、敵を相手に臆病風に吹かれるような人々ではありません。ソーチャンどのが大丈夫と言ったら絶対に大丈夫なのですっ! それに、どうしても危なくなったら転移網ですぐに来てもらえますし!」
「むぅ……」

 ケリオスと違って、リーネは異界の英雄の戦いぶりを直に見ている。その判断をひとまず信用することにした。総十郎には何か考えがあるのだろう。
 やがて、矢の雨が途切れた。スケルトンオークが手持ちを射尽くしたのだろう。

「今だ! もう一射、放てェー!!」

 腹の底から号令を発す。左右隣の砦樹にいる騎士が、ケリオスの命令を復唱し、それが次々に伝播してゆく。
 見ると、すでにぎょっとするほど近くまで不死軍団が迫ってきていた。弓兵部隊はすでに後ろに下がり、アンデッドオークを中心とする主力歩兵部隊が進軍してくる。
 動揺の声を飲み込みながら、平民たちが一斉射。今度は直射だ。清澄なる劈きとともに、大量の光線が腐肉の群れに射込まれた。ぱっと聖なる焔が燃え上がり、数百におよぶ敵兵がひきつけを起こしたように痙攣し、炭化し、ばたばたと倒れ伏す。
 だが――多い。多すぎる。

「オブスキュアの忠勇なる騎士たちよ! 地上にて迎え撃つぞ! 不浄なるものどもに、我らの民は指一本触れさせぬ!」

 左右より勇壮な鬨の声が上がり、騎士たちは続々と地上に展開し始めた。

「シュネービッチェン卿、我らもゆくぞ!」
「はいっ!」

 砦樹内部の螺旋階段を駆け下り、同時に外に飛び出した。

「〈黎明を貫くものロンサール〉!」
「〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉!」

 それぞれの手に長柄の神統器レガリアが出現し、煌びやかな軌跡を描く。
 そして、二人の目の前に邪悪なる虚無の軍勢が押し寄せてきた。腐り、爛れ、眼球が垂れ下がり、骨と臓物が露出している、大軍。
 鬨の声も、咆哮もなく、ただ無言のまま押し寄せる死の津波。
 総身が粟立つ。なんという数。そしてなんという異質さ。
 幽鬼王レイスロードとて無尽蔵に眷族を増やせるわけではない。その数と質には上限がある。そして、上限は幽鬼王レイスロードがその死に際に抱いた妄念、渇望、絶望がどれほど深いかで決まる。

 ――ギデオンよ、お主はいったいどれほど……

 ケリオスの知るギデオンは、その空前絶後の剣才を除けば、武骨で不器用で朴訥な青年であった。
 眦を決し、ケリオスとリーネはそれぞれの家門の権威と栄光の象徴を構えた。
 ところが。
 アンデッドオークらがある一定のラインを越えて森に侵入した瞬間、樹々に巻かれたしめ縄が一斉に発光し、不死者の全身が白く燃え上がりはじめた。

「むぅっ」
「これが……」

 キンエンホウ、と呼ばれる異界の術式。破壊と変容しかもたらさぬこの世界の魔法大系からは考えられぬ、浄化と守りの呪術。
 腐肉の集合体はあっという間に骨まで灼き尽くされ、あとには一握の灰しか残らなかった。
 森に入ってきたすべてのアンデッドどもの身に同様のことが起こり、目も開けていられないほどの眩さに満たされる。

「なるほど、凄まじい威力。これならば我らの出る幕はなさそうだな」
「いえ……ちょっと待ってください」
「いかがした?」

 リーネは切れ長の目をすがめ、遠くを見ている。
 つられてケリオスも浄化の白焔ごしに、屍者の軍勢の本陣を見定める。
 ぞわり、と、戦慄が走った。

「上に戻るぞ!」
「はいっ!」

【続く】

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