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終極決闘 #3
どちらが本物、というわけでもない。
どちらも本物である。
質量保存則などというものは、所詮は古典物理学的宇宙観の軛に囚われた牧歌的な幻想に過ぎない。
星気機関の発明に伴う技術と認識の圧倒的な進歩は、量子論を剣技に落とし込む超絶の運体を体系化せしめた。
――〈尾〉を発動した瞬間から、総十郎の運命は二つに分かたれた。
悪鬼の王にサブミッションを仕掛ける運命と、そのまま刀を振り上げる運命だ。それらを離散的な近似値として同時に成立させ、ひととき存在を確定した。
「悪鬼、滅ぶべし。」
ヴォルダガッダが、吼えた。
構わず総十郎は刃を閃かせる。
神韻軍刀は、魔導大剣の刀身に食い込み――止まった。
――抜けぬ。
汚染幽骨組織が大剣の欠損を埋め、刀を絡めとっている。それは樹液の中に虫が囚われるように、決して解放されることはない。
『オラァッ!!』
ヴォルダガッダが、大剣を持つ腕をしゃくった。
いともたやすく、神韻軍刀の刀身が断末魔の唸りを上げながら砕け散る。
『死にさラせやァァァァッッ!!』
軍刀の先端を食い込ませたままの魔導大剣が瀑布のごとく打ち下ろされ、銀糸の足場を引き千切った。
「――おぬしがな。」
唸りが、止まない。
分子構造に呪術的な錯体を持つ神韻軍刀は、その破砕をトリガーとして特殊な神韻を発し始める。分子構造同士が互いに押さえつけ合うことで抑止されてきた、凶兆の禍音を。
それは、神韻軍刀が本来は持たなかった機能。
梵字を形成する呪術的錯体構造が、砕け、分離し、相互に共鳴・反響し合うことで発現する、齟齬だ。
萃星気工学の粋を結集して鍛え上げられた神韻軍刀は、本来ならば物質として形を保つことができない分子構造をしていた。
なぜなら――神韻軍刀の刀身は、全体でひとつの巨大な分子であるからだ。
それを固体として繋ぎ止めるための媒質として、萃星気粒子が結晶の中に組み込まれていた。
本来この世界に存在しえない、非原子粒子が。
それが、この瞬間、解き放たれた。結合を解消され、飛散した。
「神籟孤影流斬魔剣・龍式参伝――」
二つに分かたれた運命の片割れ――さきほどまでヴォルダガッダの腕を極めていた総十郎が、いつの間にか神韻軍刀を構えている。
あたかも弓を引くような動作で。
刃を手首に滑らせ、鬼火にも似た火花を散らしている。
「――〈心〉。」
瞬間、総十郎の体は光に変換された。光速の斬撃が魔導大剣に直撃し、無限に増大した刃先の質量が瞬間的に烈火の一撃にも伍する破壊力を生んだ。
萃星気とは、主に光を媒介する絶対静止粒子である。産業革命によって世界に萃星気が満ちた瞬間、相対性理論は力を失ったのだ。
そして今――両者の間で鍔迫り合いが成立していた。一瞬とも言えぬ須臾の拮抗。噛み合う刃の十字越しに、眼光と殺意を交す。
次の刹那、激突に伴う衝撃波が総十郎の全身を襲い――しかし武式弐伝〈牛〉による慣性誘導をもってそれらをすべて次の一撃の原動力へと変える。
裂帛。激突。裂帛。激突。
世界を砕く威力の斬撃が幾合も打ち交わされ、暴風と爆風と衝撃波が無秩序に撒き散らされる。一撃ごとに宇宙が生まれ、滅んでゆくかのような超質量の剣闘。応酬。
しかしてその拮抗はすべてヴォルダガッダの力によるものだ。総十郎自身の筋力が介在する余地などまったくない。ただ、運動の質と方向を技によって精密に捻じ曲げ、悪鬼の王へと返しているに過ぎない。
とはいえ――不可解であった。
総十郎の返し手に、ヴォルダガッダは完全に対応している。
前の戦いにおいては、そのようなことはなかった。技巧面で圧倒的に上回る総十郎の行動を、悪鬼はほとんど阻止できていなかった。持ち前の生命力で、どうにか持ちこたえているに過ぎなかった。
だが、今は違う。互角の死闘が展開されていた。
普通に考えて、ありえないことだ。汚染幽骨の肉体を得て、ハードウェアに大幅な強化があったにせよ、ソフトウェア方面では以前のままであるはずだ。このような拮抗はありえない。
――つぎ会う時までにテメーを殺る算段はつけとく。命乞いの文言でも考えトけや
奴との最初の邂逅において、そのような捨て台詞を吐いていた。
見出したのか。この僅かな期間で。
感嘆の風が胸を洗い、相手を理解せねば確殺は期せぬと思いなおす。
さらに数十合の爆撃を交わし、言葉にならぬ思いを交わし合う。
ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスの勇猛と、孤独と、狂乱と、劣等感と、空虚なる無常を。
刃から柄を通じて伝わってくる、微妙な角度の意図と、衝撃の質から――からくりを看破する。
前回の戦いとの差異。
肉体の違い。得物の違い。
そして――頭脳中枢の位置の違い。
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