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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #21

  目次

 それから二人は、ぽつりぽつりと途切れがちに、さまざまなことを語り合った。
 おじいさまが亡くなったこと。もう会えないこと。もう撫でてもらえないこと。もう抱き上げてもらえないこと。いっしょにお歌を歌うことも、二度とないということ。
 彼女を怖がらせないように、努めて柔らかい物腰で相槌を打ちながら、アーカロトは想う。
 ――「おじいさま」は、彼女をまっとうに愛していた、ように思える。
 であるならば、なぜ「他者への献身」などという、この世界では呪いにしかならない指針を彼女に植え付けたのか。「おじいさま」とは何者なのか。
 できればその遺体を解析したかったところだが、貧民街に放置された死体が今も残っている可能性はゼロだ。違法ソイレント加工施設に売り飛ばされてしまっていることだろう。
「――君は、復讐を望むかい?」
「ふく、しゅう……?」
「君のおじいさまをひどい目に遭わせた連中に、相応しい報いを受けさせたいと思うかい?」
 泣き腫らした目が、ひとときアーカロトを捉える。そこに理解の光はなかった。困惑に、目尻が下がっている。
「……よく、わかんない……」
 再び、大粒の涙が溢れ出る。
「……ただ、かなしいだけですわ……」
 自らの膝頭に顔をうずめ、小さな肩を震わせる。
 ――あぁ。
 この子は駄目だ。到底生きてはいけない。たったひとりで貧民街に放り出されたら、三日と経たずに命を落とすであろう。生存に最低限必要な攻撃性が培われていない。
 考えれば考えるほど不可解な境遇である。なぜ貧民街にいるのか? 彼女を育てていた「おじいさま」は何者なのか? 〈法務院〉上層部は彼女のことを把握しているのか?
 アンタゴニアスに記憶されている、青き血脈の塩基配列の痕跡がこの周辺地域に残留していることから、どういうわけか〈無限蛇〉と繋がれる巫女がここで暮らしているらしい、というところから調査を進め、ようやく接触が叶ったわけだが、結局彼女をめぐる状況は何も見えてこない。
 とはいえ、そのような思惑は置いておいても、彼女には保護が必要である。胸の裡に眠る、暗い目の男の魂が、子供をこのまま放逐するをよしとしなかった。
 ――父親面などと、柄ではないにもほどがある、が。
 それでも成さねばなるまい。かつて救えなかった、親殺しの大罪人のような末路だけは、この子に降りかかってはならないのだ。
「シアラ。よく聞くんだ」
「……ぅ?」
 アーカロトは正座した膝を握り、精いっぱいの深刻さと誠実さを込めて尋ねた。
「君は、自分の親や、そのまた親の正体を知っているのか?」
「……おじいさまは、あおきけつみゃく、ってゆってましたわ」
「ではシアラ。そのことは誰にも知られてはならない。特に、この家の主であるお婆さんには決して知られてはならない。もしバレれば、きっと君はその時点で殺されてしまう」
 少女は息を呑んだ。やはり、肝心なところでこの子は聡明だ。
「だけど、ここを離れて君は生きてはいけない。どうにかして、そのお婆さんに気に入られなくてはならない。わかるね?」
 シアラは、緊張と恐怖を込めてうなずいた。

 その瞬間、どこかで凄まじい爆音が轟き渡った。

【続く】

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