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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #31

  目次

 第五大罪ワールドシェルは、外側から見ると銀色の完全球体にしか見えず、その表面には〈彼ら〉の均一化ほしょく本能を刺激するいかなる構造物も存在していない。
 だが、その内部は複雑怪奇な迷宮と化している。これは七千年前にアーカロトが第五大罪ワールドシェルを構築する際、利便性を無視して空間と通路を完全にランダムに生成してしまったためだ。
 なにしろ時間がなかった。人類の新たな住処を創造しようというのなら、その構造はもっと高度な都市設計思想に基づく必要があったことは重々承知しているが、地球に〈彼ら〉が到着するまでもはや一刻の猶予もなく、そしてアーカロトにはその種の専門知識などなかった。
 人類を守る銀の殻を形成し終えた瞬間、アンタゴニアスの並列多元罪業変換機関も出力の限界を迎え、長い長い休眠に入ることになったのだった。
 ゆえに、現在の人類社会はいまだに自らが生きる金属世界の全容を把握できていない。各地域の詳細な地図情報は、それぞれのローカルな実効支配勢力が機密情報として秘匿しており、誰一人として全容を把握していないのである。
 とはいえ、さすがに全体のおおまかな構造だけは知れ渡っていた。
 直径三千五百キロメートルの球体空間セフィラが十個ほど気泡のように存在しており、これが現存人類の目から見た「世界」のすべてである。
 それぞれのセフィラは自転している。遠心力が重力の代わりとなっているのだ。そしてその回転軸――両極点から電磁加速レーンが伸び、他のセフィラと接続している。
 当然ながら、遠心力による引力の向きは、両極点においては真横になってしまう。開けた高台から見たセフィラの眺めは、遠方に行くほど加速度的に険しさを増してゆく斜面に囲まれた、極めて巨大な盆地のように見える。
 そのような世界の片隅――〈栄光〉セフィラの一角にて、二人の子供が歩いていた。
 片方は灰色の髪の痩せた少年。アーカロト。
 もう片方が、顔の半分に火傷を負った荒んだ目つきの少年。ゼグだった。
「いいか爺さん。取引ってのは戦いと同じだ。ナメられたり、呑まれたりしたら死ぬ。相手に慈悲をかけた奴も死ぬ。銃弾が一発も撃たれずに取引を終えられたらそりゃかなり運が良かったと思いな」
「そういうものか」
「思うさま殺し、奪う力を持ってる〈原罪兵〉以外、飢えてない奴なんかいねえんだよ。だから生きるためならなんでもするし、嘘や誤魔化しやフカシなんざ挨拶と同じだ。けどまぁ、そういう手合いはまだ与しやすい。厄介なのは『嘘は決して言わないが、本当のこともほとんど言わず、誤解を招く言い回しを好む』連中だな」
「あぁ、それはわかるよ、ゼグ。身に染みてね」
 万感の思いを込めて、アーカロトは頷く。
 二人は、数日前に倒した巨漢と痩身の〈原罪兵〉たちにインプラントされていたさまざまな装置と、痩身の腹部にあった型落ちの罪業変換機関を売りさばきに、雑然とした闇市に顔を出していた。

【続く】

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